「えっと……ひとまず、ギルドに戻りませんか?」
このまま此処に居てもとフランが提案する。少しばかり重たくなった空気を裂くように。アルタイルは「それもそうだな」と、岩石獣の死を確認してから頷いた。
「他に何かあるのならば、ギルドで聞こう」
「あぁ……」
三人は異論がないようで頷いた。ではとアルタイルが戦闘を歩き出そうとして、フランはあっと声をかける。
「アルタイルさん、返り血っ!」
アルタイルの頬にはべったりと岩石獣の返り血を浴びていた。汚れているのもそうだがそのまま町で歩くのは目立ってしまう。
いくら、ギルドのある町で傷や汚れだらけの冒険者が歩きまわっているのに慣れている町民でも、頬にべったりと血がついていては驚かれてしまう。
流石にこれは駄目だなとフランはハンカチを渡そうとアルタイルに歩み寄って――勢いよく転んだ。それはもう綺麗に何もないところで躓いて、盛大に。
だが、地面に転がるのではなく、アルタイルを巻き込んで倒れてしまった。傍から見れば押し倒したように見えなくもない。フランはやってしまったと顔を上げて、アルタイルとの距離の近さに慌てて身体を起こした。
アルタイルの上に跨る形で起き上がったフランは「す、すいません」と、立ち上がろうとして首を傾げる。彼がじっと凝視してくるのだ。
驚いたように猛禽類の眼は見開かれて、固まっていた。それはもう何かあったのかと心配になるほどにはぴくりとも動かない。これは直ぐに退かなければとフランは急いで立ち上がって離れた。
「すみません! 大丈夫ですか、アルタイルさん!」
謝るフランにアルタイルはやっと動いた。ゆっくりと立ち上がり、向き直るのだが口元を押さえながら少しばかり視線を下に向けている。
(お、怒らせちゃったかな?)
人前で巻き込んで倒してしまったからと、フランが不安そうにアルタイルの様子を窺っていれば、彼はやっと目を向けた。
「このタイプの不運は俺に効く」
「……はい?」
フランは言葉の意味が理解できずに聞き返した。けれど、アルタイルは「これは俺に効き過ぎる」と、嚙みしめるように答えるだけだ。
訳が聞きたいのだがとフランは思ったけれど、彼の動揺した様子を見るのは初めてだったので、どう声をかければいいのか迷う。
魔物討伐ですらこんな表情や動揺はしないのではないだろうか。あまりの様子に傍で見ていたレナードたちも「大丈夫か、ハンター」と、心配そうにしていた。
「あの、アルタイルさん……」
「少し待ってくれ。あと少しで受け止められる」
何をだ。フランは思わず突っ込んだ。いつにも増して挙動のおかしい様子にフランはますます理解ができない。変な時は時々あったけれど、ここまでの反応は初めてだった。
「これは想像以上に効いた」
これはいけないとぶつぶつアルタイルは一人、呟く。フランの「何がでしょうか」といった問いの言葉は聞こえていないようだ。
独り言を呟き、少しして。アルタイルは言ったとおりに落ち着きを取り戻した。はぁと小さく息を吐いてから「もう大丈夫だ」と、いつもの表情に戻っている。
フランは「大丈夫なら」とハンカチをアルタイルに差し出した。頬にべったりとついている血を拭ってくださいと。
「流石にそのままは駄目ですよ」
「あぁ、すまない」
アルタイルはハンカチを受け取ると頬を拭う。あの動揺は見間違えだったのかと勘違いしてしまうほどには落ち着いている。
「ふ、フラン」
小声で呼ばれて振り返れば、メルーナがちょいちょいと手招きをしていた。なんだろうかと彼女の元へと向かうと声を潜められる。
「ハンター様とどういう関係?」
「え? パーティを組んでいるだけで……仲間? ですかね」
関係性を問われるとなんだろうかとフランは考える。魔物討伐のことをいろいろと教えてもらってはいるけれど、師弟という言葉はなんだか違う気がした。
友人という枠組みというか、パーティを組んでいる仲間というのが合っている気がしたので、フランはそう答えたがメルーナはあぁと不自然な納得の仕方をする。
哀れむというか、生暖かいというか。なんとも言えない眼でアルタイルを見てからフランへと向けた。
「まぁ、頑張って」
「え、えっと?」
ぽんっと肩を叩いてからメルーナはレナードたちに「ギルドに戻りましょう」と促した。
二人はハンターの挙動のおかしさに驚いている様子ではあったが、アルタイルが「いくぞ」と歩き出したのを見てはっと我に返ったように着いてくる。
(えーっと、気をつけてってことなのかなぁ)
誰かを押し倒すように転ぶのは相手を怪我させてしまうかもしれないことだ。これは気をつけなければならないなとフランはメルーナの言葉をそう解釈した。
(アルタイルさんにも迷惑かけてしまったなぁ)
あんな反応をさせてしまったのだから後でもう一度、謝ろうとフランは決める。アルタイルの少し後ろを歩いていると、彼が立ち止まって振り返る。なんだろうと隣に立てば、再び歩き出した。
フランの歩幅に合わせるように、隣を歩く。気を遣ってくれているのかなとフランは特に指摘しなかった。