フランは一人、ギルドの奥にあるテーブル席に腰を落ち着けていた。アルタイルは所用があるとかで今はいない。彼が戻ってくるまで果実水を飲みながらぼんやりと過ごしている。
次はこれを受けるかといくつかの依頼書がテーブルに置かれていたので、一枚を手に取って読んでみた。
それは山の中腹で岩石獣が道を塞いでいるというものだった。これなら自分でも大丈夫かなと思っていると、ギルドの扉が開くベルの音がした。
なんとなしに見遣ればAランクパーティの冒険者たちが遠征から帰ってきたところだった。その中に知っている顔をフランは見つける。
(メルーナちゃんだ……)
メルーナ・ミンドランディス。彼女こそがフランを冒険者に誘った姉妹弟子の一人だ。師匠に反発し、両親に決められた結婚から逃げるためにフランを利用した人物である。
フラン自身はもう利用されたことは気にしていなかった。こんな体質でもあるし、利用されるぐらいに危機感がなかったのだと反省して。
金髪の長い髪を兎耳のように二つに結っている姿というのは、その可愛らしい容姿に良く似合っていた。ぱっちりとした青い瞳も、細身でありながらもスタイルの良い体形はフランでも羨ましいと思ってしまう。
黒いゴシックワンピースはこれでもかとフリルがあしらわれていて、手に持っている真っ白な水晶のロッドと合わせればとても目を惹いた。
(いつ見ても可愛いよなぁ)
遠目からメルーナを眺めて思う。濃いクマもないし、健康的で良いなとフランは自分の目元を擦った。
アルタイルはそのままでいいとは言ってくれたけれど、やっぱり目元の濃いクマは気になるので、フランは「もう少し睡眠を大事にしよう」とひそかに決意する。
じろじろと見ても相手に失礼だろうとフランはメルーナから目を逸らして、並べられたいくつかの依頼書を確認しようと手に取った。見てみればどれもフランの事を考えられた場所と魔物が選ばれている。
下級魔物ばかりでなく、中級魔物も混ぜられているけれどフランでも対応できるようにメモ書きまでされていた。こうしてみるとアルタイルはよく考えてくれていたのだなと知る。
「もっと私も自信を持たなきゃなぁ」
アルタイルとパーティを組んで自分で自分の事が理解できていなかったのだと自覚して、もっと自信を持たなければとフランは思っていた。アルタイルだけでなくハムレットにだって、良さを教えてもらったのだから。
まずはネガティブ思考にならないように気をつけるようにしている。すぐにへこんで自分を責めてしまうので、まずはそこから注意するようにしていたのだ。
「これのメモ書きの内容に気をつけていけばいいかな。動きはアルタイルさんに合わせるとして……」
「ちょっと、よろしくて?」
依頼書のメモ書きに目を通していると声をかけられた。この声音には聞き覚えがあったフランはゆっくりとぎこちなく振り返る。
「その態度、なんですのよ。フラン」
「め、メルーナちゃん……」
姉妹弟子のメルーナが仁王立ちしていた。顔を合わせたいかと問われれば、どんな会話をすればいいのか分からなかったので、できれば会いたくはなかったとなる。
今は何をしているのだろうかと気になったけれどと、フランは彼女を見つめながら心中で呟く。
そんなフランの心境など気にしている様子もなく、メルーナは少しばかり眼光を鋭くさせながら「聞きたいことがあるのだけれど」と、話を続けた。
「アナタ、あのハンター様とパーティを組んでいるって本当かしら?」
「あのハンター様とは……」
「アルタイル様よ!」
分かっているでしょうと強く言い返されてフランは「はひっ」と声を震わせた。圧が怖いのだ、彼女の。こんなに怖い人だっただろうかと驚くほどに。
なんだか不満げな、少し苛立っているような顔をしているメルーナに、自分は何かしてしまっただろうかとフランは緊張した。彼女は口調が少々、強いので心にくるのだ。口で敵わない相手なのでどんな言葉が飛んでくるのかと身構える。
「なんで、アナタみたいな冒険者がハンター様とパーティが組めるのよ!」
いっつも足引っ張っていたくせにと棘のある言葉を言われてフランはそれはと目を逸らす。不幸体質を気に入られたからなんだよなとは返せなかった。
フランの態度にメルーナはますます不満げに顔を顰めて腕を組んだ。おそらくだが、自分よりも不出来だと思っていた人間が、ハンターとパーティを組んだことが気に入らないのだろう。
これ、前もあったなとフランはつい先日あった女性冒険者とのいざこざを思い出す。それも似たような感じであったが、ここまであからさまに格下には見られていなかった。だが、それが悔しいとか、怒りといった感情は湧かなかった。
(私って同じ姉妹弟子とは思われてなかったんだなぁ……)
同時期に弟子入りした同級生でもあるというのに、彼女は自分をずっと見下していたのだと知って少し悲しく思ったぐらいだ。それでもフランは怒らず、メルーナの話を聞くことにした。ネガティブな思考はやめると決めたから。
「どんな手を使ったのよ!」
「何もしてませんよ……。ただ、私のこの不幸な体質というか、不運が珍しいみたいで……」
別に隠すことでもないとフランはアルタイルが、どうして自分をパーティに入れてくれたのか、彼が話していたことをそのままメルーナに伝えた。
彼女はそれを聞いて信じていない様子ではあったけれど、フランが嘘が下手なのは知っていたので否定はしなかった。
半信半疑といったところだろうか、じとりと見つめながらメルーナは「ふーん」と返事を変えす。
「アナタが一緒なら、ハンター様を引き抜けるかも」
「え?」
「わたくしのパーティは少数精鋭なのはご存じでしょう?」
「はい。メルーナちゃんを入れて三人でしたっけ」
確かフランと一緒に二人組のAランク冒険者とパーティを組ませてもらったのだ、最初は。けれど、自分の不運体質なせいで足を引っ張ってしまい、メルーナは成果を上げて――追い出されてしまった。
それがどうしたのだろうかとフランが問い返せば、メルーナは「リーダーがハンターをスカウトしたいって言っていたのよ」と答える。はっきりとした理由は聞いてはいないが、魔物討伐にも参入しようとしているからではないかと。
「アナタがいるなら、同じ〝姉妹弟子〟として一緒になれないかしら?」
メルーナの発言にフランはうわぁと思わず声を零した。なんで隠しもせずに〝アナタを利用したい〟と言えるのだろうか。しかも、面と向かってはっきりと。流石のフランでも気づくことだ。
「無理ですよ。アルタイルさんに決める権利があるので……」
「アナタが入りたいって言えばいいじゃない」
気に入られているなら着いてくるのではないか。そう言われてもフランは自分が嘘をつくのが苦手なのを自覚している。ハンターであるアルタイルがそれに気づかないわけがない。
(怒らせたら怖いし……)
依頼を横取りしようとした冒険者たちとの出来事を思い出して、怒らせるのだけは嫌だなとフランは「無理です」と断った。
ほら、嘘つくの苦手だしと言えば「そうでしたわね」とメルーナは納得する。その早い反応に「私ってわかりやすいんだなぁ」とフランは苦く笑ってしまった。
「そうなると、やはり説得かしら?」
「そう、なりますかね……」
私は別に入らなくてもいいのだがなと思っていれば、それを察してかメルーナに「なんで入りたくなさそうなのよ」と睨まれてしまった。
「ランクが上がるかもしれないのですわよ?」
「えっと、ランクとかに興味がないので……」
ランクだとか、地位だとか、功績だとか、フランには興味がなかった。冒険者として活躍したくないわけではないけれど、そういったものにこだわりはなかった。
誰かのためにできたのならばそれでいい。そんな考えをフランは持っていたので、気にもしたことがなかったのだ。でも、こうしてハンターであるアルタイルと関わってみると、功績に拘る冒険者が多いのだなと実感する。
(それにアルタイルさんは自由でいてほしいな)
誰かに利用されるとかではなくて、自由に冒険者として活動してほしい。フランは「誘いたいならアルタイルさんに聞いてみてください」と、本人の意思を尊重した。
「少しは手伝いなさいよ!」
「それは無理ですって……」
「何が無理なんだ、フラン」
背後からの声にフランだけでなく、メルーナもびくりと肩を震わせた。