フランは苦く笑っていた。それは隣に座るアルタイルが明らかに不機嫌そうだからだ。それもそのはず、二人の目の前にはカルロとハムレットが座って昼食を交えながら話をしていた。
朝から受けた魔物討伐の依頼が思ったよりも早く終わったので、フランは午後からゆっくり休もうかとギルド内で昼食を頼みながらアルタイルと話していた。
そんな時にハムレットが「お! フランちゃんとハンターじゃん」と声をかけてきた。
流れるように前の席に座って自分も料理を頼んで話に入ってくる。アルタイルはまたかといったふうにハムレットを見遣りながら返事を返していた。
ここまではよかったのだが、「アルアルとフーちゃんだー!」と、カルロが抱き着いてきたのだ。
抱き着かれたのはハムレットだったのだが、アルタイルの「こいつがくると五月蠅い」といった露骨な表情にカルロが「酷くない!」と抗議しながら席に座る。
二人ともアルタイルの対応になれているようで、不機嫌そうな顔をされても全くといっていいほど気にしていない。
「ハンターたちとカルロはこの後、予定ない感じか?」
「ぼくちんはないかなぁ。さっき終わったから次の依頼受けようとしたら、相手側の都合で明日になっちゃった」
中堅魔物ではあるのだが詳しい話を目撃者であり、被害者でもある依頼人に詳しく聞かないといけなかったようだ。それらの情報を元に戦い方、作戦が変わってくるので、勝手な行動はできないということだった。
それはハンターであろうと守ることのようで、「勝手にやってギルド長に怒られたくないもん」とカルロは可愛く言う。
ギルド長って人望は厚いけど怒らせると怖いって聞くもんなぁと、フランは冒険者登録した日に面接を受けた時のことを思い出した。渋面で老けて見えるがダンディな男性というのがフランの印象だった。
面接の時は厳しい顔つきだったので怖い印象はあったが、話してみると声やわらかで優しかったという記憶がある。
最近は忙しいのか表にあまり出てきていないのと、頻繁に話すこともないので会話はないのだが、実際に怒られたカルロが言うのだから怖いのだろう。
「ハンターとしてはちゃんと仕事してるもーん、ぼくちん」
「他がダメダメなの、自覚しろよ」
「何処がぁ?」
「全部」
「何とも嫌そうな感じで言うのやめてくれない、アルアル」
黙っていたアルタイルが言えば、カルロは頬を膨らませながら言葉を返えした。
けれど、アルタイルは返事をせずに大きな溜息を吐いてから普段の表情へと戻す。どうやら、二人が暫く絡んでくるのを察して諦めたようだ。
三人のそんな様子にフランは仲が良いのか悪いのか、分からなくなっていた。アルタイルは二人にこんな感じで対応することもあるけれど、放っておくことはしないしなと。
うーんと頭を悩ませていれば、どうしたのかとアルタイルに問われる。
「何か問題でもあったか?」
「えっと、三人って仲は良いのですよね?」
「悪くはないよなー?」
「悪くないね!」
二人の即答にアルタイルは眉を下げた。けれど、否定しないので間違ってはないのだろう。フランは「三人ってどういう関係なんですか?」と聞いてみることにした。
関係とはと首を傾げるカルロに「仲良くなったきっかけとか」と問えば、カルロは「戦闘スタイル」と答えた。
「アルアルの戦闘スタイルが好きだね。何物にも容赦ないところとか、無駄のない動きとか。あとぼくちんの話をなんやかんやでちゃんと聞いてくれているし」
「聞かないと五月蠅いからだ」
「でも、理解できる人は少ないよ?」
カルロの言葉にアルタイルは「お前が分かりにくい発言をしているだけだ」と返す。それにハムレットは頷きながらも、「お前もな」と突っ込んでいた。
「そもそも、ハンター二人は発言が分かりにくいんだよ。伝わるわけねぇだろって毎回、通訳してるおれの身になってほしい」
「よく、分かりますね」
「おれ、長男でさ。弟妹たちの世話をしていたからなぁ」
年の差のある弟妹たちは子供特有の主語の無い話し方で返されるものだから、それを読み取っていた経験が活きたらしい。「こいつら身体の大きい子供だと思ってる」とハムレットは笑った。
子供と言われてアルタイルは眉を寄せるが、カルロは特に気にした様子もみせない。「ハムちゃんは世話焼きおにいちゃんって感じだよね」と、何でもないように返していた。
でも、世話になっている自覚はあるのでハムレットは「そこは感謝している」とも言った。自分が女性にちょっと見栄を張ってしまうという悪い癖に、二人は付き合ってくれるのだからと。
「おれはハンターとはギルドの依頼経由で知り合ったんだよな。ダンジョンに危険な魔物がいるからって。おれって罠を解くのと感知するの得意だからさ。そこからつるむようになった。カルロはハンター経由だな」
「あの、なんでアルタイルさんはハンター呼びで、カルロさんは呼び捨てなんですか?」
「おれなりの敬意かな」
アルタイルには何度も世話になっている。仲良くつるむようになったとはいえ、その感謝は忘れていないのだという。
自分の女たらしなところを面倒くさがってはいるが、付き合ってくれているのだから、敬意は祓うだろうとハムレットは答えた。
「カルロはあれだ。こいつは弟みたいな感じで世話になるどころか、世話してるから」
「されてる自覚はあるぅ」
「もう少し、威厳を持て」
「嫌だぁ」
アルタイルの突っ込みにカルロは「ハムちゃんに世話焼かれるの好きだもん」と返す。それにはハムレットもなんでだよと言葉を返していた。
「ぼくちんは! 世話を! 焼かれたい!」
「面倒くさいなぁ。ハンターの称号を持っているやつは面倒くさいやつばかりなのかよ」
「俺を一緒にするな」
「お前も面倒くさいから同類だ、ばーか」
ハムレットにそう言われて納得がいっていないふうなアルタイルに、カルロは何故か爆笑している。腹を抱えてテーブルをばんばん叩いていた。
どこがおもしろいのだろうか。フランには分からなかったけれど、笑いのツボというのは人それぞれだしと深く突っ込まないことにした。
結局のところ、三人の関係は冒険者仲間という感じではないのではとフランは感じた。言葉にするならなんだろうか、友達かなとフランは思う。
「まぁ、関係性とか気にしてないよな、おれら」
「そうだねぇ。楽しければ、ぼくちんは気にしなーい」
「気にはしていないが、鬱陶しいとはたまに思うがな」
アルタイルにそんなことを言われた二人は「お前は面倒くさい」と言い返している。わちゃわちゃとしているそんな様子をフランは楽しそうに眺めていた。
(あの子、どうしているかな)
私をギルドに誘った姉妹弟子。師匠の評価に不満があって、両親が決めた結婚から逃げるために利用してきた彼女は今、どうしているだろうか。
(ここ最近は姿を見てないし……。遠征でもしているのかな)
あの子が組んでいるパーティは遠征任務を受けることもあったので、きっとそれかもしれないな。顔を合わせると無視されていたのだから、会話をすることはもうないだろうけれど。
(まぁ、もう話すことはないかな)
無視されているしとフランはそれ以上は考えるのを止めて、三人の話に耳を傾けた。