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第35話 彼を怒らせてはいけない

 重苦しい空気が漂う。圧、それがその場にいた全員に圧し掛かっていた。フランは声も出せず、黙ってアルタイルを見つめるしかない。


 軽鎧の少年も、騎士の青年も、木々の影に隠れていた魔導士の少女も目が離せないようだ。アルタイルはそんな少年と青年に近づいていく。


 座り込む二人を見下ろすように睨み付けながら、アルタイルは「本気で言っているのか」ともう一度、言う。問うのではなく、威圧感するように。あまりの覇気に二人は返答ができないのか、顔を見合わせた。



「フランの何処が何の役にも立っていない。貴様らと比べるまでもなく、しっかりと動いていたが?」



 状況を判断してワイバーンの動きを拘束し、前に出ることはせず、サポートに徹していた。アルタイルの邪魔などは一切、していない。むしろ、戦いやすいように魔法を選んで行動していたのだ。


 役に立っていないどころか、しっかりと戦闘に貢献している。状況すら見ずに割り込んで突っ込んできた少年たちよりも遥かに。



「貴様らはフランを突き飛ばし、下手をすれば怪我ではすまない状況へと追い込むかもしれないという危険な行為をした自覚がないのか。目先の欲に眩み、周囲の判断すらできず、魔物討伐をする冒険者ができる初歩的なことをできなかったのだぞ」



 貴様らのほうが何の役にも立たず、むしろ危険な行為をしていた初心者だろう。アルタイルは「いや、初心者以下だ」と怒りの声音で言う。


 軽鎧の少年が何か言い返そうと口を開くも、アルタイルに「ワイバーンの動きすら見極められていなかっただろうが」と怒鳴られて黙った。剣を振りまわすだけで攻撃をした気になるなと叱られて、少年はぎゅっと拳を握る。


 アルタイルの指摘していることは全てが当てはまって反論したくともできないのだろう。拳に力を籠めることで悔しさを堪えているようだ。



「ここ最近の冒険者は自分勝手すぎる奴が多い。自分が怪我するならまだしも、他人を危険に晒すなど冒険者がすることではない」



 ランクに拘って無理にでも自分たちよりも上の魔物を狩ろうとしたのが見え透いていると、アルタイルの言葉に図星を突かれたのか二人は俯いてしまった。もう彼の眼を見ることすらできない。



「何がオレらの獲物だ。元はハンターである俺にギルドが依頼した討伐任務だろうが。獲物を横取りしたのは貴様らのほうだ」



 ハンターという言葉にえっと二人は顔を上げた。どうやら受付嬢たちの話をちゃんと聞いてはいなかったらしい。ワイバーンという獲物だけで判断していたようだ。


 軽鎧の少年は驚きに震える眼を向け、騎士の青年は口をぱくぱくと開けては言葉を詰まらせている。



「ハンター。落ち着こう、な! フランちゃんは無事だし、気にしてないから。そうだろ、フランちゃん!」


「うぇっ! は、はい! 気にしてませんよっ!」



 ハムレットの同意してくれというアイコンタクトにフランはうんうんと頷きながら返す。文句言われるのには慣れていますからと笑ってみせれば、アルタイルが片眉を下げた。


 少しばかり怖い顔が緩むもなんとも言いたげな表情をしていて、まずい返しをしてしまっただろうかとフランは焦る。



「フラン。自虐しないでくれ」


「え?」


「君は確かにその体質のせいでいろいろと言われてきたのだろう。それで慣れてしまっているのは本当であると理解している。だが、だからといって何を言われてもいいというわけではない」



 役に立たない、迷惑だと不幸体質のせいで言われてきたのは分かる。けれど、それを理由にどんな文句も罵声も受けていいわけがない。嫌な時ははっきりと伝えるべきなのだと、アルタイルに叱られてフランは確かにと頷いた。


 体質を言い訳にしてはいけないし、それを理由にどんなことも受け入れなければいけないわけではないのだ。自分を大切にできるのは自分だけなのだから。



「それにフランにはたくさんの良さがある」



 邪魔だと突き飛ばされても、押し退けられても相手を責めることもしない。そんなことをされたというのに相手を心配して気遣うことができる優しさを持っている。


 不幸体質であろうともめげずに冒険者をやっていく根性。自分のできることを理解し、状況を見て適切な行動ができる判断力。それらは君の良さであり、得意なことだとアルタイルは褒めた。



「フランは自分の良さをちゃんと認めるべきだ」


「わ、わかりました……」



 自分ではよく理解していなかったのだなと、フランは自覚する。アルタイルはちゃんと見ていてくれていたのだ。自分にも良いところがあるのだと、へこんでばかりいたフランにとって嬉しいことだった。


 自分を大切にできるのは自分だけだ。だというのに、自分自身をずっと傷つけては癒えるものも癒えない。自分の良さにも気づけず、悪いのだとネガティブな思考ばかりになってしまう。



「でも、私は気にしてないんです。これは私が慣れているとかではなくて」



 フランはそれに気づいた。けれど、それでもフランは彼らのことを責めることはしなかった。責めることだけが全てではないとそう思ったから。


 叱ることは大事なことだ。誰かを危機的な状況に陥らせる可能性があったのだから、怒られてしまうのは当然のことだというのは理解している。誰だって叱り、過ちであるというのを自覚させようとするだろう。


 でも、必要以上に責める必要なないというのがフランの考えだった。しっかりと叱って相手が理解したのならばそれでいいと。


 心が広いとか、優しいとかではなく、ずっと叱り続けるのも、怒るのもただ相手を委縮させてしまうからだ。


 アルタイルが怒ってしまう気持ちは分からなくもない。彼は怒りを表しながらも、相手の何処が悪かったのかを指摘しながら叱っていた。


 これならば、相手にも何がいけなかったのかは伝わったのではないか、ならばそれ以上は責める必要はないとフランは思ったのだ。



「それに、私はアルタイルさんが怖い人だと思われたくないです」



 ハンターは怖い人間だ。そうやって恐れられて、冒険者の間で変な噂を立てられるのは嫌だった。アルタイルは強くて、優しい人なのだから。


 そんな人が怖い奴だと、近づくなと恐れられてしまうのは嫌で、だからフランは「もう怒らなくていいです」と言った。



「……君は狡いな」



 何の邪まもない真っ直ぐな瞳を向けられて、アルタイルは少しばかり悩ましげに顔を歪めさせた。それから、狡いとまた呟いて小さく溜息を零すと太刀を鞘に納めて、軽鎧の少年から離れる。



「ギルド長に報告はする。しっかりと反省しろ」



 力強い眼を向けてアルタイルはフランの手を掴んで来た道を戻り始めた。腕を引かれてフランは驚きつつも着いていき、そんな彼にハムレットが「おれを置いていくなよなー!」と声をかけながら駆け寄っていく。


 ちらりと振り返ってみると、軽鎧の少年は物陰から出てきた魔導士の少女に慰められていた。少年と青年は暗い顔をしていて反省をしているのか、いないのか。それだけでは判断できなかった。


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