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第34話 余計な行動の果てに

 一瞬の出来事だった。三人の冒険者は何が起こったのか分かっていないように、アルタイルとワイバーンを交互に見遣っている。フランも見逃してしまいそうになる速さで、アルタイルは太刀を振るって魔法を発動させていた。



「な、なにが起こって……」


「それすらも見逃してしまうならば、ワイバーンだけでなく、中堅魔物を狩ろうとするな」



 驚きに声を震わせる軽鎧の少年にアルタイルは冷たく言ってから、前に出て起き上がったワイバーンへ追撃する。ワイバーンは腹部に剣撃を受けて悲鳴を上げながら後ろに下がった。


 攻撃を受けてもワイバーンは逃げようとはせず、その鋭い牙を向けてくる。アルタイルが姿勢を低くして避ければ、今度は鏃のような尻尾を振りまわす。


 後ろへ飛ぶように回避をして、太刀を大きく振りかぶれば、刃がコウモリのような翼膜を切り裂いた。


 鳴き声を上げてアルタイルから距離を取ろうとするワイバーンにフランはロッドを向けた。魔力を籠めれば紫水晶が淡く光って魔法が放たれる。


 小さな風の渦がワイバーンの翼を包み込んだ。渦のせいで翼が思うように動かず、ワイバーンが地面に落ちてくる。ばたばたと翼を動かして風の渦を解こうとしていた。


 暴れるワイバーンの行動を見極めながらアルタイルが攻撃を仕掛ける。剣撃が当たるたびに呻くワイバーンは少しずつではあるが動きが鈍ってきていた。


 それでもワイバーンは抵抗を止めず、一撃を加えるために近寄ってきたアルタイルへ牙を向ける。けれど、それは飛んできた矢によって阻止されてしまう。


 綺麗に目を射抜かれたワイバーンが顔を上げて悶えた。茂みからハムレットが放った矢が当たったようだ。


 風の渦が解かれたタイミングでフランは魔力を籠めたロッドを地面に打ちつけた。シュルシュルと太い蔦が這ってワイバーンの身体を拘束する。


 連携の取れた動きにフランはこれなら大丈夫だろうと安心しつつも気を引き締めた。何が起こるか分からないのが戦闘なのだから、これだけで油断してはいけない。と、フランがワイバーンの動きを注視していた時だ。



「邪魔だっ!」



 どんっと背中を押されてフランは前に転がった。痛いと額を押さえながら顔を上げれば、勝手にワイバーンと戦っていた三人の冒険者のうちの一人、軽鎧の少年がロングソードを振り上げながら走っていくのが見える。


 えっと、驚いていれば盾を持った騎士の青年も続けて行き、魔導士の少女はフランの事を「邪魔よ」と蹴飛ばして前に出た。



「これはオレらの獲物だっ!」



 どうやら、弱って隙が見えたワイバーンを見て、今なら自分たちでも狩れると思ったようだ。アルタイルが何か言う前に押しのけてロングソードを振る。いや、振り回しているといったほうが正しい。


 ぶんぶんと振り回す軽鎧の少年の攻撃がワイバーンに当たるも痛手にはならならず、むしろ拘束していた蔦を切ってしまった。解放されたワイバーンは再び低空して、鏃のような尻尾で軽鎧の少年を勢いよく弾く。


 弾かれた少年の前に騎士の青年が立つも、ワイバーンは片眼を負傷しながらも真っ直ぐに突撃し、倒れた軽鎧の少年もろとも青年を突き飛ばした。


 木の幹に身体を打ち付けられて二人が呻くも、追い打ちをかけようとワイバーンが滑空しようとして、小さな雷が頭に落ちる。


 魔導士の少女が二人を助けるために魔法を使ったようだがワイバーンには効いていなかった。低級魔法では中堅魔物であるワイバーンには通用しないようで相手を怒らせてしまう。


 ギャァアアっと大きく鳴いてワイバーンは魔導士の少女へと飛んでいく。これはいけないとフランが立ち上がって魔法を使おうとすると、魔導士の少女が「こっちにこないでよ!」と叫んだかと思うと、フランを押しやって逃げた。


 押しのけるようにやられてフランはまた体勢を崩してよろけてしまう。今度は何とか転ばないように踏ん張ったがワイバーンは目前までやってきていた。


 あっとフランは思うも、ロッドを構えてしゃがみこむ。魔法を籠めていたロッドから風の盾を生み出した。ぶおんと吹き抜ける風の盾にワイバーンは驚き、方向転換する。


 ワイバーンの攻撃を何とか乗り切りフランがほっと息を吐いて、魔導士の少女へと目を向ければ、彼女は木の裏に隠れていた。無事を確認してからフランは風の盾を維持しながら立ち上がり、相手の出方を窺う。


 ワイバーンが再び、フランに突撃しようと翼をはためかせて――地面に叩きつけられた。アルタイルが地面を蹴って飛び、太刀を大きく振りかぶって頭部を殴りつけたのだ。


 その素早い動きは目で捉えるのがやっとでフランは何が起こったのだと、目を瞬かせてしまう。


 ワイバーンが起き上がるよりも早くアルタイルは動き、太刀を喉元に突き刺したかと思うと魔力を籠める。瞬間、激しい電流がワイバーンの全身を駆け巡った。


 声にならない悲鳴をワイバーンは上げるも、アルタイルは容赦しない。その勢いのままに太刀で喉元を切り裂いた。


 血飛沫が飛び、電流が治まった。びくりと開いていた両翼ががくんと落ちる。それはワイバーンの死を告げるものだった。


 終わったのかとフランは風の盾を解くと木の幹に叩きつけられた二人の冒険者のほうに駆け寄った。



「大丈夫ですか?」


「お前ら、邪魔すんなよ!」



 軽鎧の少年の第一声はそれだった。騎士の青年にいたっては心配するフランの手を払いのけている。えっと困惑していれば、軽鎧の少年は「オレらだけでも倒せた!」と言い出した。


 お前らが来なくてもやれた、お前らが来たから調子が崩れたんだと、自分たちの失敗をフランたちのせいにしてくるではないか。



「えっと、その……身体は大丈夫で……」


「うるせぇんだよ! 大して役に立ってない奴に心配されるほどオレらは弱くねぇ!」



 軽鎧の少年がそう怒鳴ってフランを睨んだ。怒らせてしまったかとフランが引こうと一歩、後ろへ下がって、「やっべ……」というハムレットの慌てた声がした。


 なんだろうかとフランは振り返って目を見開く。



「貴様ら、本気でそれを言っているのか」



 それはそれは怒りに満ちた猛禽類の眼が軽鎧の少年たちを捕らえていた。その場にいた全員が察知しただろう、アルタイルの怒りを。


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