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第32話 そんな軽く言われても

「中堅魔物を狩ろう」


「……はい?」



 アルタイルの言葉にフランは呆けた声を出してしまった。彼は今、なんと言っただろうかと。ギルドの室内の騒がしい声のせいで聞き間違えたのかともう一度、問い返してみれば「中堅魔物を狩ろうかと」と答えがくる。


 あぁ、聞き間違いではなかったのかとフランは椅子の背もたれに腰を掛けていた姿勢を正して、どうしてそうなったのかを今度は質問してみた。すると、「いくつか依頼がきている」と教えてくれた。


 フランに合わせて少しずつ相手にする魔物のランクを上げてきていたが、ハンターに倒してほしいという依頼の魔物は中堅魔物が多く、そろそろステップアップしようと考えたのだという。


「すでに二件ほど来ていてな。ハンターという称号持ちの冒険者は少ない。王都ならまだ多いがそれ以外だと小さいところでは在籍していないのが殆どだ」


 この町は栄えており、規模が大きいことからハンターが何人か在籍しているが、それでも少ない。山々に囲まれているこの町は他よりも魔物の被害というのが多いので、手分けしてこなしていかなければならなかった。


 カルロも依頼を抱えているようでここ数日、ギルドに姿を現していなかった。アルタイルにも回ってきたようで、フランもだいぶ慣れただろうと判断したということだった。



「ガーゴイルやデュラハンとも戦ったのだから問題はないだろう」


「いや、まぁ……戦いましたけども……」



 確かに中堅魔物との戦闘経験はある、あるけれど良い思い出はない。ちゃんと戦えていただろうかという心配があった。それでもアルタイルは問題ないと言ってくる。



「フランは状況を見てちゃんと戦えている。その体質が少々、戦闘に関わってくるが問題はない」



 不幸体質が戦闘に関わってくることがあるのは事実だが、上手くかみ合って邪魔になることはなかった。アルタイルはそれを利用しているからなのか、「あれは戦いに問題がない」と断言している。


 フランからしたらそれはたまたまかもしれないとも思ってしまうのだ。けれど、アルタイルは「利用できるものは利用すればいい」と、フランの不幸体質など気にもしていない。



「フラン。お前はその体質をネガティブにとらえ過ぎだ。それは戦闘において利用できる。起こってしまうことならば、それを上手く活用すればいい」



 それができれば苦労はしないとフランは口に出そうになったけれど、実際にやってのけているアルタイルが言うと説得力がある。


 確かにフランはこの不幸体質にはネガティブな印象しかない。嫌な思い出が沢山あって、頭に過るたびにテンションが落ちるほどに。これをポジティブになど考えもしないほどには良くは思っていなかった。


 けれど、アルタイルは違う。その体質は現状を変える一手になると言うのだ。それはハンターだから言えることではないかとフランは思うのだけれど、ネガティブになりすぎている自覚もあった。


 良い思い出がないのだからネガティブになってしまうのは仕方ないことではあるのだが、それではこの体質と向き合うことはできない。フランは後ろ向きなままではよくはないかと、アルタイルの考えに「わかりました」と頷いた。


 すぐに前向きにはなれないが少しでも折り合いをつけられるように、悲観ばかりしないでおこうとフランは決意する。



「それで、どの依頼を受けるんですか?」



 二件の依頼が回ってきていると教えてもらったフランが問えば、アルタイルは「どちらも受けることになるが」と依頼書を手にして答える。



「ワイバーンを先に狩る」


「わ、ワイバーン……」


「こいつは中堅魔物ではあるが危険だ」



 ワイバーンは竜種ではあるものの、ドラゴンと名のつく魔物よりもランクは低い。それでも竜種であるだけあって強力だ。鋭い牙で噛みつかれれば、腕などその力で引きちぎられかねない。飛行しているので戦い方が難しい部類に入る。


 油断をすれば怪我ではすまない、それが中堅魔物の恐ろしいところだ。なので、魔物討伐を専門に扱っている一般の冒険者よりも、ハンターにこの依頼は回ってきた。



「これが山から下りて近くの村や集落を狙っては厄介だ」


「怪我人だけでは済まないかもしれないってことですよね」



 戦える冒険者が襲われるのと、一般人が襲われるのでは意味が違う。それぐらいフランでも分かることなので、急いだほうがいいなとアルタイルの意見に賛成する。


 どうやら、町から東に行ったところにある山での目撃情報だった。その山は険しいので旅人や商人は利用しないが、薬草などの資源が豊富なので薬師や魔導士が出入りしている。彼らの情報でワイバーンが山の奥から下りてきているのをギルドが判断したとのこと。


 なら急いだほうがいいよなとフランがロッドを手にした時だ、ばんっと肩を叩かれた。



「ひょぇっ!」


「よっ! フランちゃんにハンター!」


「フランを驚かせるな、ハムレット」



 肩を叩いてきたのはハムレットだった。むっと眉を寄せるアルタイルに彼は「悪かったって」と謝りながら隣に立つ。


 軽いノリは変わらないなとフランがハムレットを見遣れば、彼は「お前さ」と片眉を下げながらアルタイルに問う。



「ワイバーンの依頼、受けてねぇか?」


「何故、知っている」



 アルタイルの返答にハムレットは「だよなぁ」と額に手を当てた。それはもう悩みに痛む頭を抱えているようでフランは、はてっと首を傾げる。


 ハムレットの様子に何かを察したのか、アルタイルの眉間の皺がさらに寄った。アルタイルの「さっさと言え」という無言の圧に彼は「いやさ」と口を開く。



「三人パーティの冒険者が『ワイバーンなんて楽勝!』って、山に入っていったのをおれの知り合いが見たらしい」



 さっき知り合いの冒険者が戻ってきて教えてくれたんだよと、ハムレットは答える。彼の知り合いはワイバーンは中堅魔物であり、ハンターに優先的に回ってくる部類の依頼であるのを知っていたようだ。


 ハムレットがハンターと知り合いであるのを冒険者は知っていたので、「あの冒険者パーティが勝手に行ったのなら危険だぞ」と、教えてくれたということらしい。それでハムレットは声をかけてきたのだ。


 話を聞いてアルタイルはそれはもう面倒そうに顔を顰めながら立ち上がった。そのまま受付まで歩いていったので、フランも慌てて着いていく。


 アルタイルは受付嬢にハムレットからの情報を伝えると、「何か聞いているだろうか」と質問をする。



「まさか、話を聞いていたのかも……」


「と、いうと?」


「このワイバーンの依頼は今朝、正式に受理されたものです。その時にギルド長と話をしていたのをその冒険者さんたちに聞かれたのかも……」



 まだ若い冒険者ならば、ランクを上げたくて、あるいは認められたくて手柄を作るために行動するというのは考えられる。中には他のパーティの依頼を横取りする冒険者もいるのだと受付嬢は教えてくれた。


 もしかしたら、その冒険者パーティは中堅魔物を甘く見て、あるいは手柄を立てたくて欲をかいてしまったのかもしれない。そうならば、危険だと受付嬢は慌てたようにアルタイルに頭を下げる。



「お願いします! 彼らが危険な目に遭う前にワイバーンを討伐してください!」



 こちらの不手際で申し訳ないですがと受付嬢は謝罪する。彼女だけが悪いというわけではないので、フランは責める気にはなれなかった。


 アルタイルは仕方ないと小さく息を吐いてから依頼書を提出する、楽観者である彼らを助けるために。


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