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第31話 怒りは静まり、癒しの意味を知る

 フランは困惑していた。それもこれも隣に座っているアルタイルのせいである。ギルドに戻り彼はすぐにギルド長に彼女たちのことを報告した。


 報告を受けたギルド長は彼女たちが戻ってき次第、厳重注意他、処罰を検討するということだった。


 その後、すぐに宿に向かいフランは浴場に放り込まれた。しっかりと血を洗い流して、今は宿の食堂のテーブル席でフルーツを食べさせられている。


 自分で食べられるとフォークを取ろうとするも、アルタイルは渡してはくれず、フルーツを食べさせてくれるのだ。これはどういった状況なのだろうかとフランは反応に困った。


 頬杖をつきながらフルーツの刺さったフォークを口元まで持ってくる。食べろと言っているような行動にフランは渋々と口を開けてフルーツを噛む。


 フルーツは美味しい。美味しいけれどこの行動はよく分からない。ちらりとアルタイルを見遣れば、彼はなんとも満足げにしていた。あれほど圧を放っていたというのにきれいさっぱりと無くなっている。


 フランがもぐもぐと咀嚼するたびに機嫌よくするものだから、ますます困惑してしまう。この行動に何の意味があるのだろうか。



「あのー、アルタイルさん」


「何かあったか、フラン」


「あったというか、そのー……何がしたいのかなぁと……」



 いきなりフルーツを食べさせられてもどう反応すればいいのかとフランは思ったままのことを言った。すると、アルタイルは目を瞬かせてから首を傾げる。



「フランはフルーツが好きだろう」


「好きですけど」


「散々な目にあっただろうから労っている」



 彼女たちにいろいろと言われたりしただろう。不幸で不運な体質がそれを悪化させたのではないか。だから、好きなものを食べさせて労っていると返されて、フランはなるほどと納得しかけた。


 いや、労っているのであれば別に食べさせなくてもいいのでは。フルーツぐらい自分で食べられるのだから、フォークを渡してほしい。フランは「自分で食べられます」と手を差し出す。



「労っているのは本当だ」


「それは別に疑ってませんけど?」


「食べさせているのは俺個人の癒しだからだ」


「すみません、意味が分からないです」



 癒しとは。フランは真っ先に気になった、癒しとは何かと。フランの突っ込みにアルタイルはそのままの意味だがと不思議そうな顔を向けられる。


 そんなどうして分からないのだと言いたげな顔はやめてほしい。これだけで理解できる人がいるならば見てみたいものだ。


 この前も言っていたが、癒しとはいったい何なのだろうか。この行動が癒しなのかとフランはいろいろと突っ込みたかったが、一先ずはアルタイルの言葉を待つ。



「フランの食べる姿というのは小動物のようだ」


「そうですかね?」


「あぁ。小動物に餌付けをしている気分になれる」


「私で餌付けを体感しないでほしいのですが……」



 小動物に餌付けをしている気分になって癒されているということだろうか。フランはそう解釈するも、それはそれで困る。このまま餌付けされ続けるのも恥ずかしいので、「そろそろやめてほしいです」と言ってみた。



「…………」


「そんな残念そうな顔をされても……」



 それはそれは残念そうな顔をされてしまった。眉を下げて駄目かと言いたげな眼を向けられてしまう。うっとフランは胸を押さえた。何故だか悪いことをしているような気分を味わったのだ。


 断りづらい、凄く断りづらい。申し訳ないという気持ちが湧いてしまってフランの心が揺れた。



「私の食べる姿で我慢してください」



 恥ずかしさと天秤にかけて、フランは自分で食べる選択をした。食べている姿に小動物さを感じたのであれば、餌付けしなくとも癒されるだろうと言ってみる。


 そうすると、アルタイルは「それはそうだが」と仕方なくフォークを渡してきた。無理強いはしたくないようで、フランが嫌ならばといったふうに。



「フラン。怪我はないのは分かったが、何かされていないか?」


「えっと、彼女たちにですか? 特には……ちょっと理不尽な文句を言われたぐらいですね」



 あの二人には理不尽な文句を言われてボアーを倒せと指示されたぐらいだ。レッドスネークの時は流石のフランも黙ってはいられなかったので、そこを除けば他は特になかった。


 怪我もしていないし、酷い仕打ちをされたわけでもない。危険な目に遭ってしまったのは事実なのでそこは彼女たちには反省してもらいたいなとフランは答える。



「フラン。お前は優しすぎると俺は思うが」


「そうですか?」


「危険な目に遭っているというのに、彼女たちの処罰ではなく、反省してほしいとだけしか望まないところが特に」



 普通ならば苦情を言って厳正な処罰を求めてもいいというのにと指摘されて、フランはそれもそうかもしれないと思う。怒っていい状況ではあるよなと。


 でも、今のフランは助かったという安堵と、彼女たちから解放された安心感でもうどうでもよくなっていた。不幸体質で慣れてきてしまったせいか、怒るという感覚が抜けてしまっていたようだ。



「今はゆっくり休みたいかなぁって。怒っても疲れるだけですし」


「だいぶ、理不尽に慣れているな」


「慣れないとこの体質ではやっていけないですよ」



 好きでこの体質になったわけではないが、慣れないと生きていけない。治るものでもないのだからと。フランがそう答えれば、アルタイルは「そこまで悪いものではない」と言った。



「その体質はものによっては味方につけられる」


「それはハンターさんだからできることなんですよ」


「それにその体質があったからフランと出逢えたわけだ」



 悪いものではない。アルタイルはそう言って小さく笑んだ。猛禽類の眼が優しげに細まってフランは見惚れてしまう、そんな表情もできるのだと。


 暫し見つめてしまい、アルタイルに「どうした?」と問われて、フランは何でもないと誤魔化すようにフルーツを口に入れた。



「もう怒ってない感じなのかなって、思っただけですよ」


「腹は立ったが……ギルド長には報告したし、何よりフランの小動物さを眺められているので落ち着いている」


「私で小動物を感じなくても良いと思いますけど……。まぁ、アルタイルさんがいいならいいか」



 機嫌良さげにしているアルタイルの姿にフランは深く考えるのを止めた。彼が満足しているならばそれでいいかと。


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