目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第30話 彼の逆鱗に触れる

「ギ、シャァァアアァァッ!」



 血飛沫をフランは浴びた、喰われると思ったのと同時に。真っ赤な鮮血が降り注ぎながら自分を飛び越える影が見える。



「アルタイル、さん……」



 影の主はアルタイルだった。太刀を振るい、レッドスネークの眼を切り裂いてフランを飛び越えた彼は相手の頭を思いっきり殴り飛ばす。


 魔力を籠めた破裂の魔法を放ち、レッドスネークの頭がぱんっと吹き飛んだ。さらに血を浴びてフランははっと我に返ると、もうレッドスネークは倒されていた。


 頭を失った長い胴体だけが地面に転がっている。だらだらと流れる血が地面を汚しているのを視界に入れてからフランはゆっくりと顔を上げた。


 それは怒りの表情だった。眉間に皺を寄せ、眉を吊り上げて、猛禽類のような眼がぎらりと睨んでいる。誰の目から見ても怒っているのだと見て取れるほどに圧が凄まじい。


 怒りの矛先はフランには向けられていなかった。フランの背後、後ろを振り返れば怯えたように魔導士の少女と軽鎧の若い女性が立っている。彼女たちもアルタイルの怒りを感じ取ったようで目を合わせられないでいた。



「どちらだ、フランを連れて行ったのは」



 低い声だ。魔物の唸り声のように鋭さのある声音に彼女たちは肩を震わせる。ちらりとお互いを見遣る二人の様子にアルタイルの眉間に寄せられた皺がさらに深くなった。


 黙っている二人にアルタイルはフランへその眼を向けた。強い眼差しにフランは思わず姿勢を正しながら正座をしてしまう。



「フラン。どうして彼女たちと一緒にいる」


「え、えっと、それは……」


「正直に答えてくれ」



 フランを責めることはしないとアルタイルに言われ、その逃がさないといった視線に耐え切れず。


 フランは事の経緯を全て話した。二人に絡まれて此処まで連れられて、実力を見せるためにボアーを倒し、レッドスネークに見つかってと最初から最後まで洗いざらい。


 すみませんとフランが断れなかったことを謝れば、アルタイルは「フランは悪くない」と返してから縮こまっている彼女たちを睨んだ。



「お前たちは何様だ。俺が誰を選ぼうと関係がないだろう」


「それは……」


「だって、断り続けていたのに……」


「そもそも、俺はお前たちに興味がない」



 何を勘違いしているか知らないがとアルタイルは言う、お前たちに興味がないと。魔物の知識も碌に無い、実力も大してない、興味をそそられる部分が何一つない存在とパーティなど組むわけがないだろうとはっきりと切り捨てた。



「魔物の知識が無いというのに魔物討伐専門の冒険者とパーティを組めると思っているのか?」


「覚えていけば……」


「実力もないのに今から覚えていけばいいなどという、甘い考えを持っている時点でパーティを組むことなどできるわけがないだろう」



 状況も判断できずに攻撃を仕掛けるだけでなく、魔物の特性すらも知らずに魔法を使うなど実力が無いと言われても文句は言えない。


 それがどれだけ危険な行為であるのか理解もできていない冒険者と誰がパーティを組みたいと思うのか。アルタイルは「愚か者が」と吐く。



「お前たちはこれでフランに何かあったらどう責任を取るつもりだった」


「……ごめんなさい」


「謝って済む問題ではない。はっきり言おう、お前たちは冒険者として向いてはいない」



 自分勝手で周囲が見えていない者が冒険者などなれるわけがない。実力以前の問題だとアルタイルは彼女たちに現実を突きつける、責任問題でもあるのだと。



「ギルド長に報告させてもらう。これを許せるほど俺は優しくはない」


「そ、そんな」


「反省をしろ。俺のモノに傷をつけようとしたことを許しはしないし、そもそも他所でもお前たちはやりかねない。その危険性をハンターという証を貰っている以上は無視することはできない」



 有無を言わさない圧に彼女たちは何も言い返せなかった。自分たちがどれだけのことをしてしまったのか、やっと理解したのだろう。


 項垂れるように俯く二人にフランが何か声をかけようとするのをアルタイルが止める。


 ひょいとフランはアルタイルに横抱きに抱えられてしまった。思わずほえっと呆けた声がこぼれてしまう。


 アルタイルは困惑しているフランなど気にするでもなく横抱きしたまま、彼女たちの脇を通り抜けていく。慌ててフランは何か言おうとするも口を閉じてしまった。


 怒った表情はもうなくて、ただただ安堵したような顔をしていた。大事なものを抱えるように優しい両腕にフランは心配されていたのだと気付く。



「アルタイルさん、その……」


「大丈夫か?」


「えっと……はい」



 怪我はないですとフランは答えた。ほらと両手を広げて自分は大丈夫だと言ってみせる、安心させるために。アルタイルはそんなフランの姿に小さく息を吐くと抱く力を強めた。


 レッドスネークの返り血を浴びているフランは「汚れますよ?」と聞いてみる。出逢った時は血生臭いと言われたのを思い出して。



「問題はない」


「でも、血生臭いのでは……」


「問題はないから気にする必要はない」



 圧。それは凄まじい圧にフランは分かりましたと頷くしかなかった。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?