目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第29話 不幸すぎるっ!

 赤黒い鱗に太く長い胴体が地面を這っている。鎌首を持ち上げれば見上げるほどの巨体で、蛇の眼がぎゅっと細まった。


 咥えられたボアーの皮膚に鋭い牙が突き刺さり、めりめいりと音を鳴らしながら大きな口の中へと飲み込まれていく。


 シュルシュルと長い舌が出し入れされて、ゆらゆらと頭を揺らしている魔物にフランは目が離せない。


(れ、レッドスネークだ……)


 レッドスネークは蛇の魔物だ。肉食性で獲物だと認識した生き物は捕食する性質を持っていた。人間であろうと大きな個体の魔物であろうと食べると決めたら見失うまで追いかけてくる。


 ボアーをぺろりと丸飲みしたレッドスネークは地面に転がっているもう一匹にもかぶりついた。死体も捕食対象なのかとフランはまた一つ知識をつけたところで、これは危ないのではと気付く。


 二匹のボアーを平らげて満足してくれればいいが、もしそうでなければ人間を獲物として認識するかもしれない。


 レッドスネークは弱い魔物ではないので油断ならない相手となるため、迂闊なことはしたくはなかった。


 捕食に夢中になっている今が逃げるチャンスだ。フランは一歩、後ろに下がって背を向けて走り出そうとして立ち止まった。頬を掠めて勢いよく火球が飛んでいったのが視界の端に見えたのだ。


 あっとレッドスネークを見遣れば火球は頭に当たっていた。確かレッドスネークは火に強かったのではなかっただろうか。


 頭の中の片隅にあった知識をフランは引っ張り出してから、これは駄目な展開ではと気付く。



「シャァァァァッ!」



 二匹目のボアーを平らげて火球を頭にぶつけられたレッドスネークは、怒ったように鳴き声を上げ、牙を剝き出しにしながら威嚇する。


 火球を放っただろう魔導士の少女が「なんで効いてないのよ!」と言っているが、耐性があるのだから効かないのは当然だ。というか、なんてことをしてくれたんだとフランは文句を言いたかった。



「何やってんのよ、あんた! ちゃんと魔法を打ちなさいよ!」


「五月蠅いわね! あんただって戦いなさいよ!」


「あー! どうして逃げる選択をしなかったんですか!」



 言い合う彼女たちに我慢の限界に達したフランが声を荒げる。その勢いに二人は目を瞬かせながら振り向いた。



「捕食中に逃げられたでしょ! なんで攻撃したんですか! しかも、レッドスネークは火耐性があるのに!」


「え、いや、だって……」



 魔物を倒すのは当然じゃないと魔導士の少女が答えるも、フランは「なら、耐性がある属性魔法を使うな!」と突っ込んだ。


 耐性があるのだから効くわけがないでしょうがと叱るように言えば、魔導士の少女は「知らなかったんだもの……」と口を尖らせる。


 知らないで済む問題ではないとフランはまだ言ってやりたかったが、レッドスネークが大口を開けて飛び掛かってきたので慌てて避けた。


 この状況で言い争うのは得策ではない。レッドスネークをどうにかしなくては自分の命が危うい。


(不幸すぎるっ!)


 どうして自分はこうも不幸で不運続きなんだ。フランは自分のこの体質がますます嫌になってくる。それでもこうなってしまった以上はどうにか解決していかねばならない。


 アルタイルのように自分の不幸体質を味方つけることができるのか。フランには自信がなかったけれど、レッドスネークは逃げる隙を与えてくれないのでやるしかなかった。


 逃げることができないのであれば追い払うか、倒すほかない。フランは覚悟を決めてロッドを構えた。


 レッドスネークは蛇の眼を細めながらじっと睨んでいる。フランはゆっくりと距離を取りながらロッドを振るった。


 吹き抜ける吹雪にレッドスネークが目を閉じて身体を大きく逸らす。その隙を狙ってさらに魔法を放つ。氷の刃がレッドスネークの鱗に傷をつけ、切り裂いた。


 レッドスネークは痛みに鳴き声を上げながらも逃げることなく、牙を向けてくる。長い胴体を伸ばして嚙みついてくるのをフランは転がるように避けた。


 空を噛んだ口がまた大きく開かれて、フランがロッドを振るおうとして突き飛ばされる。尻餅をついたフランがなんだと見遣れば、軽鎧の若い女性が剣を手にレッドスネークに攻撃を仕掛けていた。


 かすっと剣が空を切ってレッドスネークが尾の先を大きく振りかぶって軽鎧の若い女性を弾き飛ばした。


 地面を擦りながら茂みのほうまで転がっていった彼女を見て、魔導士の少女がひぃっと小さく悲鳴を上げる。


 杖を持つ彼女の手は震えていた。戦意が削がれているのをフランは感じ、このままではいけないと前に出る。


 本来、魔導士が前に出るのは得策ではない。けれど、現状ではまともに戦えるのがフランだけしかしなかった。


 この状況ではフランが前に出て相手の注意を引き付けるしか、二人の生存率を上げる方法がない。


 どうして二人を自分が助けなければいけないのだ。勝手に巻き込んでおいてと思わなくもなかったが、フランは見捨てることができなかった。


 レッドスネークは前に出てきたフランへ目標を定める。シュルシュルと長い舌を出しながら攻撃を仕掛けるタイミングを見計らっているようだった。


 フランはロッドを振るって風の刃を放った。それは鱗に傷をつけるも、レッドスネークは怯むことなく大口をフランへ向ける。


 後ろに飛んで避けるとフランは氷柱を生み出してレッドスネークの頭上へと降り注ぐ。突き刺さる氷柱にレッドスネークが悲鳴を上げた。


 これならばとフランが勝機を見出した時だ。レッドスネークは強い眼差しでフランを射抜くと長い尾をぶんっと振るった。


鞭のようにしなった尾がフランの胴体に当たって吹き飛ばす。地面に叩きつかれてうっと呻きながら身体を起こして目を見開いた、目の前に迫る牙に。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?