どうしてこうなった。フランは口に出したい感情を溜息に乗せることで堪えた。現在、フランは森の中を連れまわされている。名前も教えてもらっていない二人の女性冒険者によって。
魔導士の少女はツインテールにされた黒髪を揺らしながら周囲を見渡し、ボーイッシュな軽鎧の若い女性は逃げないようにフランの腕を掴んでいる。
ここまで来たら逃げないので離してほしいと思ったけれど、睨まれそうだったので黙っていることにした。
どうやら二人は魔物を探しているようだ。腕試しに丁度いい個体を探して実力を見るということなのだろう。
フランは自分の実力に自信があるわけではないが、二人の実力を知らないのに自分だけ比べられるのは理不尽だと不満に感じた。
とはいえ、何か口を出せば強い言葉で返ってきそうな雰囲気だったので文句を言うこともできない。彼女たちの気が済むまで付き合うしかないと結論がでた。
(自分勝手すぎるよなぁ)
自分勝手な自覚を彼女たちは持っているのだろうか。他人の気持ちすら汲み取ることができていないというのに、実力を把握することができるのだろうか。
そもそも、そういったところをカルロやアルタイルに見抜かれて断られているのではないか。
(アルタイルさんは嫌がりそう)
アルタイルは面倒なタイプが苦手なようにフランは感じていた。なので、彼女たちのようなタイプは避けていそうではある。
カルロのことはまだよく分からないが、面白くなければ彼は相手をしないのではなかっただろうか。
(と、いうか。どうしてこの人たちに私の実力を見せなきゃならないんですか)
パーティを組むアルタイルが実力を測るのであれば納得もできるが二人はそうではない。ただ自分たちが選ばれなかった理由が知りたいだけだ。
自分勝手な彼女たちがフランの実力を見たからといって冷静な判断ができるとは思わない。あれこれと文句を言って騒ぎ立てるのではないか。想像ができてしまうぐらいには彼女たちの態度は酷いものだった。
がつんと言えればいいのだがフランにそんな度胸はない。度胸があったとしても彼女たちの勢いが激しいので口を挟むことはできないだろう。これはもう流れに身を任せるしかないとフランは諦めた。
「ふごっ」
ふごふごと鼻を鳴らす音がした。茂みをかき分けて覗いてみれば、二匹のボアーが猪の鼻先で地面を掘っていた。
どうやら地中にいる虫を捕食しているようで、まだフランたちには気がついていない。魔導士の少女は丁度いいと二匹のボアーを指差した。
「あんた、試しにあいつら倒してみなさいよ」
「え、一人でですか?」
「当然でしょう。あんたの実力を見たいのだから」
さっさと行ってきなさいよと軽鎧の若い女性に背中を押される。おわっと茂みから飛び出す形でフランは足を躓かせた。転びそうになる身体をなんとか立たせて顔を上げれば、二匹のボアーが振り向く。
あっと思ったと同時にボアーは地面を蹴って突進してきた。慌てて避けるも、もう一匹のボアーがぴょんっと飛んでくる。
フランは紫水晶のロッドを振るった。ぶわりと突風が吹き抜けてボアーたちを地面に転がす。距離を取ってフランはロッドを構えて二匹の様子を窺った。
二匹とも怪我もなく立ち上がって鼻息荒げに睨んできている。フランの行動を読み取ろうとしている視線を感じた。
(落ち着いて……焦ったら駄目だ)
ここは慎重に行動しないといけない。二対一という不利な状況で焦っては危険な状態になりかねなかった。
ちらりと背後を見るも彼女たちは手伝う気はないように出てこない。自分一人でどうにかしないといけないのだとフランはロッドを握る手を強める。
先に動いたのはボアーだった。飛ぶように走ってきた二匹の動きを見極めて、フランはロッドを振るい魔法を発動させる。宙を舞う氷柱がボアーたちを襲った。
分厚い毛皮を貫いて氷柱が突き刺さる。ボアーは悲鳴のような鳴き声を上げながら後ろへ下がっていく。
隙を見せる二匹にフランはさらに魔法を放つと、風の刃が突風と共に駆け抜けてさらにボアーたちの身体に傷をつけた。
(よし、弱ってきている)
明らかに動きが鈍っているボアーにフランは止めを刺すべく、ロッドを振ろうとして慌ててしゃがみこんだ。身体から血が滲み出ているというのに一匹のボアーが突進してきたのだ。
フランが咄嗟にしゃがみこんだことでボアーは飛び越えて茂みの中へと突っ込んでいく。すると、ぎゃっと悲鳴が聞こえた。
そういえば、そこには彼女たちが居たのだと気づくも遅く。二人は茂みから出てくるとフランを睨みつけた。
「ばっかじゃないの!」
「周囲ぐらい把握しないよ」
「す、すみません……」
何故、謝らないといけないのだろうか。そんなところで隠れて様子を見ていた側に問題があるのではないかと言い返してやりたいが、ボアーが突撃してくるのでそれどろこではない。
ロッドでボアーの頭を思いっきり殴って一匹を気絶させた。止めは後にして残りの一匹をどうにかしようと茂みから出てきたボアーに狙いを定める。
「えいっ!」
ロッドを大きく振るうと氷の息吹がボアーを襲った。急激な冷気に身体が凍ったようにボアーは動けない。フランはロッドの先端に魔力を籠めてボアーの背中に突き刺した。
ぶしゅっと血が吹き出してボアーは倒れる。よしっとフランが小さく息を吐けば、後ろから不満そうな声が聞こえてきた。
「まぁ、これぐらいやれなきゃ駄目よねぇ」
「もっと大物で試さなきゃな」
なんだ、この人たちは。一生懸命やったというのに上から目線な態度にフランは眉を寄せる。
ぐちぐちと言っている彼女たちを無視して、気絶しているボアーに止めを刺そうと目を向けると丁度、目を覚ましたところだった。
ボアーは仲間が死んだことに気づいてか、逃げるように走っていく。このまま逃げてくれるならいいかとフランがその様子を眺めていた時だ。
ぴょいっとボアーが茂みを飛び越えようとして消えた。えっと目を瞬かせてフランは固まった――目の前に現れた巨体を見て。