朝早いというのにギルドはもう冒険者たちで賑わっていた。いつ来ても賑やかだなと室内を眺めながらフランは奥のテーブル席へと腰を下ろす。店員にパンメニューを頼むと一人、朝食を取り始めた。
少し早く起きてしまったフランはアルタイルをギルドで待つことにしたのだが、いつもは宿で合流するので余計な手間を取らせてしまったかもしれないと、朝食を食べながら気づく。
(これ食べたら宿に戻ろう)
注文してしまった以上は残さず食べないといけない。フランはトーストされたパンにジャムを塗って齧る。苺のジャムの甘酸っぱい味に美味しいと頬を綻ばせた。
「まっじでありえない!」
もぐもぐとパンを食べていれば真後ろから大きな声がした。思わず身体が跳ねてちらりと見遣れば、二人の女性冒険者が何やら言い争っている。
「わたしのほうが役に立つでしょ! なのに、どうして断られるのよ!」
「はぁ? あたしのほうがあんたより上だけど?」
「何言ってんの、馬鹿?」
黒い魔導士服の少女と、軽鎧の若い女性が睨み合っている。ぎゃあぎゃあと自分の腕前が上だと主張していた。
嫌でも耳に入ってくる内容を聞くに、どうやらとある高ランク冒険者にパーティを組まないかと誘ったところ断られてしまったようだ。それが原因で相手が弱いから振られたのだと言い合っているらしい。
(怖っ……。近寄らないでおこう)
女同士の争いに巻き込まれるのは御免だ。自分に何の得にもならないのだから、放っておくのが一番だ。フランはさっさと朝食を食べて宿に戻ろうとパンを齧る。
「ちょっと、そこのあんた!」
「っ! は、はい?」
がしっと肩を掴まれて無理矢理に後ろを振り向かされて、フランは焦りながら返事を返す。肩を掴んできたのは魔導士の少女だった。銀のメッシュが入った黒髪をツインテールにしている彼女の眼は鋭い。
隣に立っているボーイッシュな見た目をした軽鎧の若い女性は腕を組んで仁王立ちしている。短い金髪がボーイッシュさに磨きをかけているなとフランは思わず現実逃避してしまった。
「あんた、あのハンター様と一緒に行動しているわよね?」
「えっと、アルタイルさんでしょうか?」
「カルロ様とも行動してたでしょ、あんた」
軽鎧の若い女性に問われてフランは頷いた。一緒に依頼を受けたことは確かにあるが、カルロとはずっと行動しているわけではない。彼と鉢合わせた時に捕まって一緒に行動するといった感じだった。
なので、「たまに一緒になるだけですよ」とフランは答えたのだが、魔導士の少女はそれが気に入らないのか、「ふざけんな」と肩を揺らしてきた。
「あんた、ハンター様二人と行動してるってどういうことなのよ! 見た目大したことないくせに!」
「聞いた話じゃ、あんたBランクなんでしょ? あたしらと変わらないのにどうして気に入られてるのよ!」
それはこっちが知りたい。フランは口に出そうになった言葉を飲み込んだ。カルロもアルタイルも何故だが、この不幸体質を気に入っている。これの何処が良いのかなんて、フランには説明ができない。
不幸や不運をも味方につけて、楽しんでいる彼らの感性など自分には分からないと言ってやりたいが、相手には通じないだろうとフランはぐっと堪えた。
けれど、黙っていては怒鳴られるだけなので、「本人に聞いてください」と言葉を返してみる。
「はぁ? あんた、何様なの?」
「え、いや……アルタイルさんやカルロさんに聞いた方が分かると思いまして……」
「なんかやったんじゃないの、あんたが」
「な、何もしてませんよ!」
自分はただ自分の不幸体質を嘆き泣きながら縋りついただけだ。それを受けてアルタイルが再度、フランの体質を体感して拾ってくれたに過ぎない。
自分から何かやってはいなかったのでフランは「私にはよくわかりませんよぉ」と答えるしかなかった。
けれど、それで二人が納得するわけもない。何かあるはずだと問いただしてくるのでフランはこの体質の事を話すべきだろうかと悩む。だが、言ったところで納得してくれないような気がした。
「あの、お二人はカルロさんに断られたんですか?」
話を逸らそうとフランは逆に二人に質問をしてみた。すると、魔導士の少女が眉を寄せながら「そうよ」と口を尖らせる。
「パーティを組むどころか、一緒に依頼すら受けてくれなかったわよ!」
「こいつ、アルタイル様にも断れてたもんねぇ」
「あんただって断られてたでしょうが!」
自分は違うみたいな言い方をするなと魔導士の少女が怒鳴れば、五月蠅いと軽鎧の若い女性が言い返す。あんたとは違うと言い合う二人にフランは余計な質問だったかもしれないと後悔した。
なんか、不幸というか、不運に巻き込まれている気がする。最近は討伐中に起こっていたこの体質だったが、今回は対人で発動してしまったようだ。
(対人が一番、面倒なんだよなぁぁ)
フランは対人関係でこの不幸体質が発動すると面倒になるのを嫌というほど体感している。例えば、パーティ内のセクハラによる女性冒険者たちから反感や、依頼人に難癖をつけられてしまうこと等、これらは話が通じなくて困った経験をした。
しまいには売られかけたのだから対人関係で不幸体質が起こるのはできれば避けたい。と言っても現在、巻き込まれてしまっているので避けることはできないだろう。
どうにか穏便にこの場を乗り切れないだろうかとフランは考えてみるが、二人にぎろりと睨まれてしまい、無理だと結論が出てしまった。
「大したことなさそうなあんたが気に入られてるの、意味が分からない!」
「ほんっとそれ。ちょっと何か隠してるんじゃないの?」
「いや、隠してはないですよ」
ぶんぶんと首を左右に振ってみるも、二人は疑いの眼を向けている。本当に何もしていないのにと心中で叫ぼうとも相手には伝わらない。
「そうだわ。本当に何もないか確認させてよ」
「え?」
「そうね、そうしましょう」
名案だと言ったふうに二人は頷き合ってフランを無理矢理、立たせると首根を掴んで歩き出した。確認ってどういうことだよというフランの問いに彼女たちは答えてはくれない。
フランは引きずられながら二人についていくしかなかった。