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第26話 やっぱり、ハンターさんのことはよく分からない

「人間に好みがあるように、魔物にもある」



 ボアーは野菜を好むが特に根野菜が好きだ。エアウルフは肉食だが猪や鹿よりも、野兎や鳥を好んで捕食する。こういったものを覚えておくと討伐時に役に立つのだとアルタイルは教えてくれた。


 ギルドのテーブル席は夜ということもあり満席に近い。そんな室内の奥のテーブルでフランは少し遅めの夕食を食べながらアルタイルに魔物について教わっていた。



「狩る時は魔物の好みを利用しておびき寄せることもする」


「好きなもので釣る感じですか?」


「あぁ、そうだ」



 エアウルフならば野兎を縄張りに放しておびき寄せることもするらしい。エアウルフは群れで狩る習性があるので一度、引っかかれば一網打尽にできると。


 ボアーは野菜を撒いても引っかかりにくいため、餌場にしている畑などで待ち伏せしたほうが確実なのだという。


 逆に苦手なものを知っておけば、その魔物を遠ざけることもできる。アルタイルは「ビックベアーは金属音が苦手だ」といくつか例を挙げた。



「エアウルフは匂いがきついものを嫌い、ボアーは突然の光に弱い」


「匂いがきついものってどんなのでしょう?」


「分かりやすいもので言うならば、にんにくだろうか」


「あー、あれって魔物も臭いって思ってるんですね」



 鼻の利くエアウルフにとっては感覚を麻痺させる匂いで、近寄ってこないどころか避けられてしまうとのこと。商人たちは森や山の商業道を通る時はそういった匂いの強いものを馬車などに括り付けているのだとか。


 そういえば、ぶら下げているのを見かけたことがあるなとフランは商人の引いていた馬車のことを思い出した。



「人間と同じように魔物にも好みや苦手もあるというのは覚えておくといい」


「わかりました!」


「ところでフラン」


「なんですか?」


「お前にも苦手なものや好みがあると思うがなんだろうか?」



 突然だなとフランは目を瞬かせる。アルタイルはいたって真面目な顔をしながらグラスに注がれた水を飲んでいた。


 苦手なものや好みなものは誰にだってあるだろう。フランは話の流れで聞いてくれているのかなと解釈して、何かあったかなといくつか答えてみた。



「私、体力がないので走るの苦手なんですよね。あと力仕事とかも」


「虫などはどうだ?」


「虫ですか? 平気ですね」



 蜘蛛やムカデなど見た目がグロテスクな虫をフランは特に苦手としていなかった。ちょっと気持ち悪いなと思うぐらいだ。触れと言われたら触れると答えれば、アルタイルはふむと顎に手をやった。



「虫系の魔物は大丈夫そうだな」



 アルタイルの言葉に魔物討伐の依頼のことで聞かれたのかとフランは納得する。苦手は克服してもらわなければならないと言っていたのを思い出した。


 虫は大丈夫ということを知ったアルタイルは「虫もやってみるか」と呟いている。次は虫系になるのかとフランは身構えた。いくら、蜘蛛やムカデなどが平気でも、虫系の魔物は大きいのが多い。大きさで気持ち悪さに磨きがかかることもあるのだ。


(大丈夫かな……)


 少しばかり不安になるが、戦えなくはない。うん、大丈夫だとフランは一人、やる気を出した。



「好みのものはなんだろうか?」


「好みですか? 果物は好きですよ」



 特に林檎や桃は好きだとフランは返した。なるほどとアルタイルはそれを聞いて店員を呼ぼうとするのを見て、「ちょっと!」と止める。



「さっき、食べましたよ、フルーツの盛り合わせ!」


「好きなのならばいくらでも食べればいい」


「好きですけど、食べさせてもらってばかりでは申し訳ないですよ」



 いつも奢ってもらってばかりでは申し訳ない。果物だって安いものではないのだからと言ってみるが、アルタイルは不思議そうにしていた。


 こう良くしてもらってばかりでは遠慮してしまうわけで。フランは「そこまでしなくても大丈夫です」と断る。



「私の好みは別に気にしなくていいですよ」


「知っておけば損はしない」


「得もしないと思いますけど?」



 知って得することはないのではというフランの疑問にアルタイルはそうでもないと返した。何がそうでもないのだろうか、知っていてどうするのか。フランには分からず首を傾げてしまう。



「苦手なものとか知っておくとよいのは分かりますけど……」


「例えば、好きな食べ物を知っておけばご褒美として出せるだろう」



 よく頑張った日や、上手くいった日、あるいは落ち込んでいる日などに好きなものを食べさせて元気づけることができる。好きなことを知っておけば、励ますこともできるのだとアルタイルは説明した。


 確かに落ち込んでいる時に好きなものを食べると元気になることはあるなとフランも納得する。ご褒美に食べるのもやる気に繋がるので悪いことではなかった。


 だから、依頼が終わった後にフルーツを食べさせてくれていたのかとフランはアルタイルの行動を理解する。


 とはいえ、食べ過ぎもよくないのでフランは「もう食べたので大丈夫です」と追加のフルーツを断った。フルーツは甘いものが多いので食べ過ぎも良くはない。



「あんまり食べ過ぎても身体によくないです」


「そうか」


「太りなくないし……」


「フランは細いと思うが」



 そう言ってアルタイルはフランの腰を掴んだ。突然のことにフランは「ひぇっ」と声を上げて身を引かせる。アルタイルはアルタイルで腰を掴んでからなんとも渋い表情をみせていた。



「細いな……」


「な、なんですか」


「細い」


「わ、分かったので離してください!」



 べしべしと手を叩かれてアルタイルは離すも、じっと腰を見つめている。思った以上に細かったのだろう。「ちゃんと食べるべきだ」と心配されてしまった。



「フラン。自分が思っている以上に痩せている自覚を持った方がいい」


「え、あ、はい……」



 真面目な顔でそう言われてはフランは言い返せず、頷くしかない。そこまで痩せているつもりはないのだけれどなと思いつつも、圧には敵わなかった。



「食事の量を増やすか」


「食べる量が増えれば、体重は増えるかもですけど……」


「フランが食べる時間が増えればこちらも得ではある」


「なんで?」



 今、彼はなんと言ったとフランは聞き返す。アルタイルは「こちらのことだが」と、おかしなことを言っただろうかというふうな顔を向けてきた。


 フランは自分の聞き違いだろうかと一瞬、思うもアルタイルが「こちらにも得だ」と呟いていたので間違いではなかったようだ。



「何が得なんでしょう?」


「フランが食べているところだが?」


「それの何処が得なんですか?」


「得だろう?」



 何が得なのか教えてくれ。フランは心中で突っ込んだ。何を言っているのか、分からないのだ。だというのにアルタイルは一人、満足そうにしている。


 これは自分の理解力が足りないのか、そうなのか。フランは考えてみるけれど、やっぱり理解できなかった。


 体重を増やすというのも体力や筋力を増やすという考えでいくならば、そうだなと頷くことはできるのだがとフランは思うも、アルタイルがあまりにも真面目な顔をしているものだから言うことができない。



「質を取るか、量を取るかか、問題は」


「私、沢山は食べられませんよ?」


「まぁ、どちらにしろ、俺に損はない」


「そこは意味が分からないのですけど?」


「そのままの意味だが?」



 だめだこれは。フランは考えるのを止めた。アルタイルの言動が分からないことなど今に始まったばかりではないのだからと。


 だから、フランは突っ込まずに「そうですか」と返事を返してこの話を終わらせたのだった。



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