「楽しかったけど、物足りない」
「はいはい。分かった分かった」
テーブルに頬をつけてじたばたと足を動かすカルロにハムレットは軽い返事を返す。話半分といった態度に眉を寄せながら不満げな顔を向けられても、彼は動じることはない。
ハムレットは「ほら、お前用の依頼」とカルロに依頼書を渡す。数枚の紙に目を向けながらカルロは「微妙」と一枚一枚テーブルに置いていくのをフランは眺めていた。
ギルドに戻ったフランは休憩するためにテーブル席に腰を下ろした。何故かカルロとハムレットもそれに加わっている。
「ハムちゃんはまたどっかのダンジョン潜るの?」
「うーん。この前、発見されたやつの再調査にいくかな」
「ぼくちん、そっちに行こうかなぁ」
「本業をやれ」
お前は魔物討伐専門だろうがと突っ込むハムレットに、たまには別のもよくないかなとカルロは返している。いや、本業をやるべきではないだろうかとフランも思った。
思ったけれどフランは二人よりも気になっていることがあった。それは隣に座っているアルタイルだ。彼は今、頬杖をつきながらそれはもう不機嫌そうにしている。
(わ、わたし、やっちゃったかな……)
あまり役にも立てなかったしなとフランはどうしようと不安を抱いていると、ハムレットが「顔が怖い」とアルタイルを見て言った。
「そんな怖い顔するなよ、アルタイル」
「しないと思っているのか?」
「なになに、ぼくちんたち邪魔?」
「邪魔じゃないと?」
アルタイルの返答にフランは何がだろうと首を傾げた。二人が邪魔ということだろうか、落ち着きたかったのかと考えていれば、アルタイルは頬杖を止める。
「俺の癒しの時間にお前たちは邪魔だ」
「癒し、とは」
思わず言葉が出てしまう。アルタイルの口からそんなセリフが出てくるとは思ってもいなかったからだ。フランが見つめれば彼に「そのままの意味だが?」と返されてしまう。
癒しとは、一息つく時間のことを指しているのかもしれない。二人との会話も面倒ということなのかなとフランは解釈した。
アルタイルにじとりと見られてハムレットは身体を引かせるも、テーブルから離れる素振りは見せない。カロルを指差しながら「こいつ放置するぞ」と言い返していた。
「こいつ放置していいならおれは離れてやってもいい」
「引き取ってくれ」
「嫌だよ、面倒くせぇ」
「ねぇ、二人とも酷くない?」
二人の態度にカルロは顔を上げてむーっと頬を膨らませた。そんな彼に「お前が大人しくしないのが悪い」とハムレットは言う。
同意するようにアルタイルが頷けば、カロルは「今は何もしてないじゃん!」と足をじたばたさせた。
行動が五月蠅いとアルタイルに突っ込まれたがカルロは納得していない様子だ。我儘は言ってないと口を尖らせている。
「存在が五月蠅い」
「ひどーい! フーちゃん、アルアルが苛める!」
「触るな」
うわーんとカルロがフランに抱き着こうとするのを頭を掴むことでアルタイルは阻止した。彼の扱いに慣れた姿にフランは付き合いが長いだけあるなとその様子を見て思う。
「それはそれとして邪魔したい感情があるけどな、おれ」
「わかる」
何を邪魔したいのだろうか、フランは疑問に思ったがアルタイルに「こいつらは気にする必要はない」と言われたので聞くのを止めた。
アルタイルの態度にカルロが文句を言い、それを宥めるハムレットの間にフランは入ることもできず、とりあえず黙っていることにする。
「あのー、フルーツの盛り合わせ頼んでますよね?」
「あぁ。彼女に渡してくれ」
遠慮げに声をかけてきた店員にアルタイルがそう返答すれば、フランの目の前にフルーツの盛り合わせが置かれた。
依頼が終われば決まってフルーツの盛り合わせを食べさせてもらっている。何故か知らないがアルタイルはフルーツを食べさせようとするのだ。
そう毎回、注文しなくてもいいのだけれどとフランは思っているのだが、食べないと残念そうな顔をされるので断れないでいる。
フルーツは好きなので食べられることはとても嬉しいフランは切り分けられたフルーツをフォークで刺して口に入れる。美味しくて無意識に頬が緩むのだが、本人は全く気づいていない。
今日も美味しいなともぐもぐ食べていれば、アルタイルにじっと見つめられている。これはいつものことだったのでフランは特に気にしていなかった。
「うわぁ……そうか……」
「? 何がですか?」
ハムレットの呟きにフランが顔を向ければ、なんとも渋い表情をしていた。それからカルロの大きな笑い声が聞こえてくる。
ばんばんとテーブルを叩きながら「アルアル、ちょっ」と腹を抱えていた。カルロの反応が理解できずにフランがどういう意味かとアルタイルを見遣ると、彼は片眉を下げていた。
「アルタイルさん?」
「気にするな」
「いやー、これはむりだってぇ、おもしろっ、痛いっ!」
笑っていたカルロは足を押さえる。どうやら、テーブルの下でアルタイルに蹴られたらしい。酷いと文句を言うとがんっともう一度、蹴られていた。
ひえっとフランが身を引かせれば、ハムレットが「フランちゃんが怖がっているぞ」とフォローに入る。そうするとアルタイルは困ったような表情をしてみせた。
「フランは何も悪いことはしない。安心してくれ」
「えっと、そう……ですか」
「この二人が悪い」
「待て、おれはまだ何もしてねぇだろ!」
「するつもりだろう」
「しばらくここに居座ってやろうとは思ってる」
すごく邪魔したい、この空間。と、真顔でハムレットは返した。フランには言葉の意味が分からなかったのだが、カルロには理解できたようでげらげらとまた笑いだした。
アルタイルはむすっとしているし、ハムレットは居座る気なのか店員に注文しているし、カルロはひぃひぃ笑っている。
なんだろうか、この自分だけ仲間外れのような感覚は。フランは気になったものの、アルタイルから「気にするな」と言われてしまう。
「この二人の言動は気にするな」
「そうですか……」
気になるけどなぁとフランは二人の様子を眺めながらフルーツを食べる。それをアルタイルが見つめてくれば、カルロがまた笑いながらテーブルに突っ伏した。
これはこれで何かに巻き込まれてしまっている気がしなくもないなとフランは思った。
「今回はそこまで不幸って程でもなくてよかったな、フランちゃん」
「ちょっと不運な感じはありましたけど、まったく通用していなかったかなぁって」
「こいつらに通用しないだろ」
ハンター二人にかかればあれぐらいはどうってこともないとハムレットに言われて、それもそうかもしれないなとフランは納得した。ハンターなのだから苦難というのを乗り越えているだろうからと。
最近はそこまで不幸・不運といったものが強く出ていないのではないだろうか。何かしら起こってはいるのだが、フランからしてみればどれも軽いものだった。騙されるわけでも、悪く言われるわけでもないのだから。
「別に大したことではない」
アルタイルはそう言って笑い転げているカルロの頭を引っ叩いた。本当に気にしていないというのはその態度を見れば分かることで、フランは安堵したように小さく笑んだ。