「凄く面倒なことになる予感がした」
「どうしたんですか、いきなり」
宿から出たアルタイルがいきなりそんなことを言うものだからフランは思わず聞き返す。こういった予感というのを言うタイプには見えなかったからだ。
アルタイルは「たまにある」と答えた。理由はよくわからないが面倒なことに巻き込まれるのではないかといった予感がすることがあるらしい。「フランにもないか?」と問われて、フランはあったかなと考える。
予感のようなことはなかった気がした。ただ、何か起こってしまう瞬間に「あ、これは」と思うことはあったけれど、危険察知のようなことはできなかったなとフランは「ないかもしれないです」と返す。
「危険察知のような予感ができたら、この体質を克服していると思います」
「それはそうか」
「その、予感って当たることありますか?」
「そうだな……当たらないこともあるが、勝率は良い」
これもまた当たるかもしれないと言われてフランは少しばかり不安になる。アルタイルの感じた面倒な事とはどういうものだろうかと。
危険な事でなければいいなと思いながらギルドまでやってきたフランは、扉を開けたアルタイルが立ち止まったままなのに気が付いた。
いつもならすんなり入っていくのにどうしたのだろうかと彼の後ろから室内を見渡す。
「いやだぁぁあ!」
「諦めろ」
聞き覚えのある声が耳に入る、それはもう大きく。視線を向ければ床に転がって駄々をこねているカルロと、よしよしと頭を撫でながら宥めているハムレットがいた。
「ぼくちんは! 群れを! 狩りたい気分!」
「エアウルフもスライムも、ボアーも他の魔物専門の冒険者に譲れよ。ハンターじゃなくても問題がないだろ」
人手が足りないのならば仕方ないが、ハンターはできれば一般の冒険者では手こずるような魔物を狩ってほしいのだと、ギルド側に言われていただろとハムレットに諭される。優しく言われてカルロはぴたりと動きを止めてじっと彼を見つめた。
これは諦めたのだろうか。そう思ったのも束の間、カルロは「いやだぁ」とまた駄々をこねる。
「群れのほうがたっくさん狩れて楽しいもん!」
「お前なぁ。楽しむのはいいけど、依頼をちゃんと完遂しろよ」
受付嬢を困らせるなとハムレットは強く言っているが、頭を撫でているので叱っているようには見えなかった。
フランはそんな様子を眺めているとハムレットと目が合った。あっと声を零す前にカロルも二人に気づく。
「アルアルだ!」
ばたん。無言でアルタイルは扉を閉じた、それはもう素早く。あまりの早さにフランは突っ込むことができず、えっと彼と扉を交互に見遣った。
「今日は休むか」
「え? いや、でも……」
「たまに休息をするのもいいだろう」
「おいこら、逃げんな」
何も見なかったことにして休息を提案していたアルタイルにハムレットが突っ込む。扉を開けてじとりと見つめてくる彼にアルタイルは深い溜息を吐いた。
どんっとハムレットにぶつかるようにカルロもやってきて、「アルアルなんで逃げたのー!」と頬を膨らませている。アルタイルは「逃げたわけではない」と言葉を返した。
「面倒な事を避けるためにやっただけだ」
「その面倒な事に付き合ってるおれを助けてくれよ」
「甘やかしたお前が悪い」
こういうやつは放っておけとアルタイルが言えば、ハムレットは甘やかした自覚が多少あるのか眉を下げた。それでも、「受付嬢ちゃんが困っているのは見過ごせないだろ」と言い返している。
「女の子が困ってたら助けないとだろー」
「時と場合による」
「お前ってどうしてそんな感じなのに、女子にモテるんだよ……」
どうしてだと不満を漏らすハムレットに「興味のない人間に誘われても困るだけだ」とアルタイルは即答した。お前は好きでもない人間に絡まれても平気なのかと。そう返されてはハムレットも言い返せない。
誰だって興味もなければ好きでもない相手から絡まれても嬉しくはないのだ。とはいえ、アルタイルはよくスカウトされるのは事実だ。
フランも目撃しているので羨ましく思うことはあるかもしれないなとはハムレットの気持ちが分からなくもなかった。
「俺は今、お前たちに構う気力はない」
「アルアル酷くない? ハムちゃんはぼくちんに構ってくれているのにぃ」
「お前を放っておいたら受付嬢ちゃんが困るからだろうが」
「ハンターとそのご友人方、扉の前で屯されると困るのですが?」
背後からの声に振り返ればにこりと笑みを浮かべながらも、眉間に皺を寄せる受付嬢が腕を組んで立っていた。怒っているというのはその姿を見れば分かることで、ハムレットが慌てて謝っている。
カルロの頭を掴んで下げながら、「騒いで申し訳ない」と謝罪するハムレットに受付嬢は「ハンターさんはもう少し我慢を覚えてください」と叱った。
「我儘ばかりではこちらが困ります。ハンターさんに受けてもらいたい依頼というのはあるのですからね?」
「でもぉ」
「でもじゃねぇよ、アホ」
優先順位があるんだよとハムレットに叩かれる。いてっと頭を押さえながらカルロはむぅとしながらも一応は理解したようで、「ごめんなさい」と謝った。
分かってくれたのならばと受付嬢は「では、こちらの依頼を……」といくつかの依頼書を見せようと差し出して――大声がした。
「おい、助けてくれ!」
なんだと声をがしたほうを向けば、軽鎧の青年と杖を持った魔導士の少女がボロボロの姿で駆け寄ってきた。その姿に受付嬢が「どうしたのですか!」と声を上げれば、彼らは「魔物にやられて」と状況を話しだす。
彼らのパーティは山の麓にある村でボアーによる作物被害を受けているという相談を受けた。
ボアーは下級魔物の中でもそこまで強くもなく、ランクの低いパーティでも受けられるものだ。彼らのパーティもそこまで苦戦はしないだろうと考えていたらしい。
ボアー自体は強くはなく、順調に狩れていたのだがそこで問題が起こった。
「カプロスが山から下りてきたんだよ」
カプロスが山から下りてきてしまい、ボアーの群れを統率してしまったのだという。
それからは酷いもので、統率のとれたボアーと巨体なカプロスに返り討ちにされてしまい、応援を要請するために二人はギルドまで戻ってきたということだった。
「あのカプロスはなかなかな大きさだった。ボアーもあいつに従うしで……」
「急いで撤退してきたんです。他のパーティメンバーはカプロスの様子を見張っています」
村がすぐ傍にあるので至急、応援をと二人が受付嬢に話すと、「それは大変」とフランたちを見た。それからカルロへと視線を移してにこりと微笑む。
「カルロさん。カプロスとボアーの群れの討伐、任せられますよね?」
「それは狩り甲斐がありそう!」
群れを狩りたい気分とか言っていたものなと、フランがテンションを上げたカルロを眺めていれば、受付嬢はこちらにも微笑んでいた。
「カルロさんが暴走しないようにお願いしますね、皆さん」
受付嬢は有無を言わさずに「さぁ、急いでください!」と、アルタイルの背を押した。こっそり逃げようとしたハムレットもしっかりと捕まえている。
アルタイルのそれはそれは深い溜息が聞こえてきたが、フランは声をかけられなかった。