目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第19話 墓場で彷徨う騎士


「あのぉ……どこに行っているのですか?」


 サレタージャから南に外れた森の中、フランは前を歩くアルタイルとカルロに声をかけた。


 ギルドに戻ってからカルロは依頼完遂の手続きもせずに一枚の依頼書を受付嬢に出していたのだ。受付嬢から「先にこちらの依頼完遂の報告をしてください」と注意されるほどには素早く。


 彼が何を受けたのか、フランは教えてもらっていない。アルタイルは依頼書を覗き見ていたので把握はしているようだが、あの時の面倒くさげにしていた表情を見るに簡単なものではないだろう。


 自分が居ても問題ないのか、フランは不安だった。そんな心情を察してか、アルタイルが「問題はない」と答える。



「フラン。お前はこの森の先に廃墓地があるのを知っているか?」


「え? そうなんですか?」



 どうやらこの森の奥には廃墟となった墓地があるらしい。そこに目的の魔物がいるといことなのかとフランが聞いてみれば、カルロが「そうだよー!」と楽しそうに返事をした。



「この墓地には定期的にデュラハンが現れるんだよねぇ」


「でゅ、デュラハン!」



 デュラハンとは首無し騎士の姿をした魔物のことだろうか。死を予言する存在で、死人が出る家の元に現れるという。そこまで思い出してフランはあれっと首を傾げた。



「デュラハンって、死人が出る家の元に現れるのでは?」


「人前に出る時はそうだねぇ。でも、あいつらは彷徨っているんだよ」



 デュラハンは他の魔物と違って住処が固定されていない。ふらふらと彷徨い、死に近い存在を探して迎えにいくのだ。なので、必ずしも死人が出る家の元でしか見られないわけではない。


 今回の依頼はこの森の近くにある村からのものだった。デュラハンはこの墓地が気に入っているのかよく訪れるのだが、近くの村からすればいつ自分たちの家の元に現れるか分からないという恐怖がある。そのため、定期的に追い払っているのだと教えてくれた。



「討伐するのではないのです?」


「討伐もできたらするけど、逃げるんだよねぇ」


「デュラハンも知能はある」



 危険度Bランクのデュラハンは不利な状況になれば逃げだす。そうすると暫くは墓地に近寄らないのだという。


 デュラハンは姿を眩ませるのが得意なため探すのに苦労する。下手に深追いすると相手の有利に働いてしまう可能性があるので、逃げられたら追わないということだった。



「深追いして返り討ちにあった冒険者は多い」


「そうそう。デュラハンはそういった目くらましで不意打ちをしてくる場合もあるから、ハンターでも一人では狩れないんだよねぇ」



 ドラゴンも一人で狩ることはハンターであっても認められていない。何が起こったのかを把握するために連絡を取れる冒険者を同伴させなければならないという決まりがある。


 それは魔物によって定められており、デュラハンは深追いして返り討ちにあった冒険者が多かったためにその対象となっていた。



「あの、私って居ても大丈夫ですか?」


「何が? 冒険者なら大丈夫だよ?」


「フランがいても、まぁ……大丈夫だろう」



 その間はなんだとフランがアルタイルを見れば、彼は問題はないとだけしか返さない。そんな二人の会話にカルロは不思議そうにしていた。



「何? ぼくちん、分かんないんだけど?」


「デュラハンと戦う時になったら分かる」



 別に戦えないわけではないから心配はしなくていいとアルタイルに言われて、カルロはまぁいいかといったふうに頷いた。


 戦う時になったら分かるとは、何かが起こる前提ではないだろうか。フランは突っ込みたかったが、何も無いとは言い切れないので黙っておいた。


 森を暫し歩くと墓石が見えてきた。朽ちた墓石は欠けていたり、崩れてしまっていたりして周囲は寂れた雰囲気が漂っている。草がぼうぼうと生えてもう随分と人が足を踏み入れていないようだ。


 墓地の中心部にそれはいた。真っ黒な首の無い馬に跨った騎士がそこに佇んでいる。頭はなく、空洞のように首元がぽっかりと空いていた。漆黒のマントがゆらりゆらりとたなびいている姿はどこか幻想めいて見える。


 フランはデュラハンを見るが初めてだった。話では聞いていたが馬の首すらもないのだなと興味津々といったふうに眺めていると、ゆっくりとデュラハンの身体が振り向く。あっと思ったのも束の間、突風が吹き抜けた。


 何事がとフランが慌てる間もなく、アルタイルに腕を引かれる。瞬間、風の刃が襲った。立っていた地面に突き刺さったのを見て、ひっとフランは悲鳴を上げる。



「攻撃的なタイプだな」


「その方が狩り甲斐があるよねぇ!」



 デュラハンの攻撃的な態度にカルロのテンションが上がっている。どこにテンションが上がる要素があるのかフランには理解できなかったが、彼は楽しそうにナイフを構えた。


 アルタイルも太刀を抜いているので、フランも紫水晶のロッドを構えて二人の後方に下がる。そんな三人の引かない様子にデュラハンは剣を掲げて再び突風を起こした。


 アルタイルとカルロは左右に飛び避け、フランは風の盾を発動させる。風と風がぶつかり合ってかき消された。


 それを合図にデュラハンが飛び込んでくる。ぐるんと転がるように回避しながら起き上がってフランはロッドを振るった。


 氷の刃がデュラハンに降り注ぐ。がつんがつんと鎧に命中し、デュラハンは手綱を引いて後方へと飛んだ。着地した隙をアルタイルが切り込めば、黒馬の腹部を刃が掠めた。


 斬られた痛みに黒馬が鳴く。首がないというのに鳴き声が聞こえる違和感にフランが反応すると、デュラハンは剣で空を切った。空気が裂かれ、風の刃が生まれて襲い来る。



「のわぁあっ!」



 ひゅんひゅんと飛んでくる風の刃をフランは避ける。口から悲鳴に近い声を零し、左右に走りながら。朽ちている墓石を遮蔽物にして隠れると、デュラハンの動きを観察する。


 デュラハンは視界から消えたフランを探すように身体を揺らしていたが、カルロの一撃を剣で弾くことで目標を変えた。ナイフで剣撃を捌ききったカルロは視線を低くして黒馬の懐へと入る。


 首根をナイフが切り裂いた。重い一撃となったのか、黒馬がよろけながら下がっていく。すかさずアルタイルがデュラハンを狙い、太刀と剣がぶつかり鳴り響く。


 よろける黒馬を騎士が鞭を打つように足で胴体を蹴った。ひんっと鳴いて黒馬は態勢を立て直す。その様子にあの馬をどうにかできればとフランはロッドを構える。


 魔法を練るように力を籠めればロッドの紫水晶が淡く光って――墓石が崩れた。勢いよく投げられた墓石の破片によって。どうやらロッドの光でデュラハンに位置を把握されてしまったようだ。


 デュラハンが剣を掲げれば、崩れた墓石が宙を浮くのが見えた時だ。ロッドからはじけるように光の玉が飛び出して――


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?