サレタージャからは幾つかの山に入る道があるのだが、その中でも旅人が多く通る東道が多種スライムの討伐依頼の現場だった。登山道の中腹辺りに位置する場所に湧いて出たらしい。
どの辺りなのか分かるのだろうかとフランは疑問だったが、それもすぐに解消された。一部の草木が燃えたように煤けていたのだ。地面は湿っていてそこで何かがあったのは見て取れる。
「えっと、これって……」
「火球スライムと水球スライムだろうな」
火球スライムの火の玉が草木を燃やし、それを水球スライムの水の玉が消して地面を濡らしたのだろう。アルタイルは現場を観察しながら推察する。
スライムは死体が残らないのでまだ潜んでいる可能性もあるらしく、「周囲に気を付けるように」と注意された。
フランは辺りを見渡してみるけれど魔物の気配はしない。鳥の囀りが聞こえるぐらいであとは静かなものだ。
この辺りにはいないのかもしれないなとフランが茂みのほうへと目を向ければ、木の幹に切り傷がついていた。
切り傷のある木の奥が荒れ果てているのに気づいて「あれは」と指をさすと、アルタイルが「分かり易くて助かるな」と答える。
「この先に恐らくはいる」
「それほど遠くには行っていないってことですかね?」
「どうだろうな。あいつのテンションの高さによる」
あいつはテンションが上がると時間を忘れる。アルタイルは「周囲も見えなくなるからな」と呆れたながら教えてくれた。
そうなると下手をすれば山の奥まで入ってしまっている可能性があるということだ。山の奥には魔物が多く生息しているため、迂闊に入るのは危険な行為である。
フランでも知っていることなので、ハンターであるカルロが理解していないはずはない。と、考えていれば「狩るのが楽しくなったら狩り続ける」と、アルタイルに言われてしまった。
「あいつの腕は確かだ。ハンターの称号を得るぐらいには。ただ、その変わった行動のせいで面倒くさがられている」
「そうなんですね。狩るのが楽しくなるのかぁ……私には分からない感覚だなぁ」
「俺も理解はできないがな」
魔物を狩るのを楽しいと感じたことはない。彼らは害をもたらす存在だから狩るだけで、面白さなどはないのだとアルタイルは、カルロの感覚が理解できないらしい。
フランも魔物は恐怖の対象なので狩るのが楽しいという感情はいまいち分からなかった。
「まぁいい。この先にいるだろうからさっさと捕まえてこよう」
「捕まえる? 呼び戻すではなく?」
アルタイルの言い方に違和感を覚えて聞いてみれば、「会えば分かる」とのこと。なんだろうなとフランは疑問に思いつつも、痕跡が残る茂みの奥へと入っていくアルタイルの後を追った。
分かりやすいというのはその通りで、痕跡というのは途絶えることはなかった。木の幹に傷があるのもそうだが、草の燃えた跡に荒れた枝葉と続いている。周囲の事など気にしていないのではないかと感じるほどだ。
どれぐらい続くのだろうか。フランが痕跡を眺めながら歩いていれば、前を進んでいたアルタイルが立ち止まった。
音もなく立ち止まるものだからふげっと背中に顔をぶつけてしまう。鼻を押さえて前を覗きこんだフランはひぃっと小さく悲鳴を上げた。
少しひらけている地面には無数の魔物の死体が転がっている。よく見てみればそれは群れをなしていただろうエアウルフたちだ。首根を斬られ、腹を裂かれ、息絶えているがそれよりも目を惹く光景があった。
青年が一人、そこにいた。群れのリーダーだろう大柄なエアウルフに跨って――ナイフで首根を跳ねる。びしゃっと血飛沫が飛ぶのも気にすることなく、何度も刺して確実に息の根を止めていた。
ワインレッドの長い髪が靡く。真っ赤なコートは土で汚れているが、青年は気にした様子はみせていない。白かっただろうシャツは血で染め上げられて、返り血なのか、彼の血なのか判別ができなかった。
銀フレームの眼鏡がきらりと光る。金の瞳は猫のようであるが鋭さも感じられ、なんとも楽しそうに細まっていた。
「――♪」
鼻歌混じりにエアウルフを刺している青年の顔がゆっくりとこちらを向く。不健康そうな白肌が整った顔立ちを際立たせている。ばちっと大きく瞬きをしてから、青年はにこっと笑みを浮かべて立ち上がった。
「アルアルじゃーん!」
「その呼び方を止めろ、カルロ」
わーいっと抱き着くように飛んできた青年をアルタイルは軽くいなした。彼が探していたカルロというハンターのようだ。カルロは「避けることないじゃん」と不満げにしながら手に持っていたナイフを腰のフォルダーに仕舞う。
「汚れた奴に抱き着かれる趣味はない」
「魔物を狩ったら汚れるのは当然じゃん」
「お前は汚れすぎなんだ」
泥と血液で酷い有様だとアルタイルが指摘すれば、カルロは「普通では?」と何がおかしいといったふうに腕を組んだ。魔物を狩る時に汚れてしまうのはよくあることではあるが、彼の姿は酷いとフランでも思った。
獣独特な匂いがカルロから漂っていて、正直な話をするならば血生臭い。酔いそうなほど強く、普通の人間ならば眩暈を起こしているかもしれない。
(この前の私みたいだなぁ)
フランは少し前のアルタイルと出逢った時のことを思い出した。あの時の自分もこんな感じに血生臭くなっていたなと。そんなことを思い起こしていると、カルロが気づいたようにフランを見つめていた。
猫のような眼でじっと凝視されてフランは目を逸らすことができずに固まる。一つ間を置いてからカルロが大きく瞬きをした。
「何この
「抱き着こうとするな」
小動物みたいとフランに抱き着こうとするカルロの頭をアルタイルが押さえて阻止する。読めない行動にフランは驚いてアルタイルの背後に隠れた。
そんなフランの行動に「小動物じゃん!」とかわいいねとカルロはテンションを上げていた。なんだろうか、この人は。フランは彼のテンションについて行けずに助けを求めるようにアルタイルを見遣った。
「フランが困っているだろうが、やめろ」
「フランっていうの! かわいいね! ぼくちんはカルロっていうよ!」
「ふ、フランです……」
「フランのことはいい。カルロ、そろそろギルドに戻れ」
カルロの上がるテンションを無視して、受付嬢が依頼を完了できずに困っていることをアルタイルは伝える。すると、カルロは眉を下げて「えー」と口を尖らせた。
「ぼくちん、まだぁ」
「次の依頼があるだろう。それで楽しめばいい」
「次ってなんだっけぇ? 岩石獣? あいつおもしろくなーい」
まだエアウルフやスライムのほうが楽しいと駄々をこねはじめるカルロなど無視して、アルタイルは彼の首根を掴むと引きずっていく。
いやだぁとじたばたするのも慣れたように歩いていく様子に、確かにこれは捕まえるという言葉が合っているなとフランは納得した。
「他にもあるだろう。それを受ければいい」
「えーん、ほかぁ? ほか……あっ!」
あっと大きな声を上げてカルロは目を輝かせた。ちらりと見遣ったアルタイルは察したように嫌そうな顔をする。
「面白そうな依頼があったんだよ! でもハンターでも一人は駄目って言われてぇ」
「ことわ」
「断るならぼくちん、ここで全力の駄々こねをする」
「……はぁ」
大人が何を言っているのだという突っ込みはカルロには効かないのだろう。アルタイルは面倒くさげに彼を見ながら返事代わりの深い溜息を吐いた。