背後から「あの」と控えめに声をかけられた。なんだろうかと振り返れば、赤毛の短い髪がよく似合う受付嬢が依頼書を持って申し訳なさげにしている。
言いにくそうにしている受付嬢の様子に、フランは何があったのだろうかと視線を上げれば、アルタイルが察したように眉を寄せていた。
「また何かあったのか?」
「はい……その……カルロさんが戻ってこなくて……」
カルロ。その名前を聞いてアルタイルは、だと思っていたと言わんばかりの溜息を零す。それはもう露骨に不機嫌そうにしている彼の様子にフランはひえっと小さく声が出る。
受付嬢も分かっているようで「彼との知り合いでまともに会話ができる人が……」と言葉を返していた。
「あのハンターとまともに会話ができる冒険者さんが他に今はいなくて……」
「あのバカはどうせ狩るのが楽しくなって戻ってきていないだけだろう」
「そうでしょうから、戻ってきてほしくて。彼用に取ってある依頼を消費してほしいのですよね、そろそろ」
三件も溜まっているのでと受付嬢が手を合わせれば、アルタイルはなんとも嫌そうにしながらも彼が受けた依頼の書類を受け取る。フランも内容が気になってちらっと横から確認すれば、多種スライムの群れの討伐だった。
「多種スライムってあれですよね。水球スライムとか、火球スライムとかの、属性の……」
「そうだ。属性スライムとも呼ばれているな。通常種のスライムと違って属性魔法を打ってくるから初心者には向かない魔物だ」
属性を持つスライムはその属性の魔法を打つことができる。ただ飲み込んでくるような通常種のスライムと違って戦い方が変わってくるために、初心者には向かないのだとアルタイルは教えてくれた。
多種スライムの群れとなると数は多く、ある程度の討伐経験者でなければ受けられない依頼となると聞いて、フランは自分一人では厳しいかもしれないなと思う。通常種のスライムを倒した経験はあるが、多種スライムはなかったからだ。
ただ、ハンターでなくてはならない依頼でもないらしく、受付嬢は「その時に受けられそうなのがカルロさんしかいなくて」と至急だったこともあり、彼に任せたのだという。
群れの被害がなくなったという依頼人の報告はきているが、カルロが戻ってきていないので依頼完遂の確認が取れなくて困っているようだ。
「カルロさんはこのギルドで数少ないハンターの称号を持つ冒険者ですから、もしものことがあったらと……」
「それは考えられなくはないが……。九割、狩るのが楽しくなって帰ってきていないだけだぞ」
「わたしもそう思います」
受付嬢はアルタイルの言葉に頷く。どうやら、何かあったとは思っていないようだ。そろそろ戻ってきてほしいというのが一番なのだろう。
カルロを呼び戻すには彼とまともに会話ができる人でなくてはならず、それに該当するのがアルタイルだけということらしい。
「その、カルロってハンターさんはどんな人なんですか?」
「なんと言えばいいか……説明に困るタイプの人間だな」
あれは一言では説明ができないので会ったほうが早いとアルタイルは答えた。そんなに面倒な人なのだろうかとフランが不安げな顔をすると、「悪い人間ではない」と言われる。
「少々、面倒なところはあるが、悪い人間ではない。ただ、少し人の話を聞かないだけだ」
「うーん、ちょっと変わっている人ってことですか?」
「少しどころではないが……まぁ、そんな感じではあるな」
少しどころではないとはどういうことなのか。フランは突っ込みたかったが真面目な顔で言われてはそれもできず。アルタイルさんも多少は変わった人だし、いろんな人がいるよねとフランは納得することにした。
「怖いハンターさんではないんですよね?」
「普段はそうでもない。怒らせさえしなければ平気だ」
「怒らせなければって……それ、私も居て大丈夫です?」
「あぁ……フランは問題ない。むしろ気に入られそうで俺は気に入らない」
「なんですか、それ」
アルタイルのなんとも嫌そうな返答にフランが首を傾げれば、「あいつのことは気にする必要ない」と言って立ち上がった。どうやら、カルロというハンターを探すのを引き受けるようだ。
面倒くさそうというか、嫌そうにしているけれど一応は探すのだなとフランが見つめれば、それを察してか「受けるまで粘られるだけだ」と言われてしまった。
「ここで断っても粘られるだけならば、さっさと受けた方がいい」
「話が早くて助かります。ありがとうございます、アルタイルさん」
「今、ギルドにいる冒険者であいつに付き合いきれるのは俺だけだろう」
他の冒険者と喧嘩になったなどと愚痴を聞かされたくもないとアルタイルは依頼書をフランに渡した。
「それに場所が登山道だしな」
「私の練習がてらだ、受けたの!」
多種スライムの群れの討伐依頼の場所は登山道だった。山に入ってから中腹に差し掛かる手前辺りだという情報が依頼書に記されている。
登山道とはいえ、山の依頼であるため苦手を克服するための練習になるとアルタイルは判断したようだ。
フランの突っ込みなど気にも留めず、アルタイルは「ほら、行くぞ」と手を掴んで歩いていく。いろいろとまだ聞きたいことはあったが、フランは腕を引かれながらギルドを後にした。