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第16話 不幸も不運も味方につけてしまえばいい


「うぅ……」


 フランはテーブルに突っ伏した。今日のギルドも冒険者たちで賑わっているのだが、活気づいている彼らを他所にフランのテンションは落ち込んでいた。先ほど終えたばかりの魔物討伐依頼のことを思い出しては溜息が零れる。


 ケルピーの討伐だったのだが、これがまぁ酷かった。前日に雨が降っていたこともあって地面がぬかるんでいた中でフランは追い掛け回さて、盛大に転んだかと思うとその勢いのままケルピーと共に川に落ちたのだ。


 足のつく場所で無事だったフランが立ち上がったのと同じく、ケルピーの悲鳴が聞こえて振り返ればアルタイルが鬣を掴んで止めを刺していた。


 何もできずに全身ずぶ濡れになってフランはへこんでいたのだった。そんな彼女をアルタイルは責めることなく、店員に頼んだフルーツの盛り合わせを目の前に置く。



「フラン。食べるといい」


「私、何もできてないですよぉ……」


「できていないことはない」



 アルタイルの冷静な言葉にフランは顔を上げた。彼はフォークを手に持ちながらフランを見つめて言う。



「ケルピーを川に落としたのはよかった」



 ケルピーは川辺に住み着く魔物であるゆえに泳ぐことができる。けれど、水中で素早く動くことができるわけではない。


 泳げるとはいえ、いきなり落とされては反応するのに少しの隙ができるのだ。その隙を作ったのはよかったとアルタイルは褒めた。



「不幸体質ゆえにいろいろと起こるが、不運だと思わずにそれらを利用すればいい」



 何も起こらないとは言い切れないけれど、逆に利用してしまえば問題はなく、むしろ良いことだとアルタイルは全く気にしていない。それは嘘でも慰めでもなく、本心からなのだと感じられた。


 それでもフランが眉を下げて落ち込んでいれば、アルタイルはフォークで皿に盛られた林檎を刺して「ほら」と向けてきた。口を開けろといった圧を感じてフランは一口、林檎を齧る。


 噛むたびに果汁が口内を潤し、甘い果肉に思わず頬を緩めた。フォークに刺さっていた林檎を全て口に含んでフランは咀嚼してから「美味しい」と呟く。



「落ち込むことはない。別に俺は困っていない」



 アルタイルはそう返して今度は桃をフォークで刺して口元まで運んでくる。フランは渋々、桃を食べれば、彼は何とも満足げにしていた。


 さらにまたフルーツをフォークで刺すので、フランが「自分で食べられます」と言うのだが、それでもフォークを渡してくれない。


 食べさせてもらっているのがなんだか恥ずかしくなってくるのだが、彼は止めるどころか「次はどれが食べたい」などと聞いてくる始末だ。



「自分で食べられますから!」


「落ち込んでいるようだったから食べさせていたのだが、もう大丈夫なのか?」


「え? えっと、大丈夫です」



 落ち込んでいたのは確かだったのだが、今はそれよりも恥ずかしさのほうが勝っていた。


 周囲はアルタイルの行動に気付いていないようではあるが、見られてしまうというのは恥ずかしい。だから、フランは大丈夫だと答えた。



「……そうか」


「なんでそんなに残念そうなんですか」


「もう少しこうしていたかっただけだが?」



 眉を下げて残念そうにしているアルタイルは「餌付けも楽しいものだ」と呟いている。餌付けとはとフランは聞き返そうとしてやめた。


 彼がよく分からない言動をするのはこれに始まったことではないのだ。この行動もその一つなのだろうとフランは解釈してから渡されたフォークを受け取ってフルーツを食べる。


 黙々と食べていれば、暫くその様子を眺めていたアルタイルが依頼書を取り出した。彼は気になった依頼を幾つか取ってから吟味するタイプだ。今回は二枚に絞ったらしく、どうするかといったふうに目を通している。


(ほんと、考えが読めないよなぁ……)


 こうやって真面目にしていることもあれば、よく分からない行動をとったりもする。何を考えているのだろうかと毎度、不思議に思う。フランはフルーツを食べながらアルタイルを観察する。



「どうした?」


「何でもないですけど……」


「そうか」



 どんなにアルタイルを観察しても、彼の事がよく分かるわけではない。フランは深く考えるのを止めてフルーツを食べることにした。



「フラン」


「何ですか?」


「森と山ならどちらがいい?」



 森と山ならどちらだろう。フランは森なら歩き慣れているので「森ですかね」と答えた。アルタイルはなるほどと一つ頷いてから一枚の依頼へと目を向ける。あ、これは討伐場所のことだなとフランは勘づいた。


(山って答えなくてよかった……)


 山の討伐は体力を使う。森以上に入り組んでいるので方向感覚も試されるのだ。体力を頑張ってつけているところであるフランは山にまだ慣れていない。ほっと息を吐いたフランにアルタイルはぼそりと呟く。



「山にするか」


「どうしてそうなる!」



 フランは「私は森って言いましたよね!」と思わず突っ込んでしまった。彼女の主張にアルタイル「そうだな」と軽く返す。



「その回答で山が苦手なのが知れた」


「知って出た答えが山ってどういうことですか!」


「苦手は克服してもらわねばならない」



 これは魔物討伐専門であるだけでなく、冒険者として活動していくうえで必要なことだ。どんな場所でも動けるようにしていなければ、何か起こった時に対処できなくなってしまう。そうならないように苦手な事はある程度、克服しなければならないのだ。


 そう言われてはフランは何も言い返せない。魔物は場所を選んではくれないのだから、何処でもある程度は戦えるようにならなければならないのだ。



「何もしないで克服などできるわけがない」


「それはーそうなんですけどぉ……」


「いきなり山深くに入るわけではない。まずは山の環境に慣れるものを選ぶから心配することはない」



 アルタイルはフランに合わせる考えのようだ。話を聞いて意外そうに彼を見れば、「フランが言ったのだろう」と返される。



「お前が俺のやり方は〝厳しいです〟と言ったのだろう」


「言いましたね。覚えてはいたと……」


「忘れるほど物覚えが悪いわけではないが?」



 俺が教わったやり方がお前に合っていないのは理解している。アルタイルは「だから、気をつけてはいる」と依頼書をテーブルに置いた。


 ちゃんと覚えていてくれたことにフランはほっと息をつくも、山での討伐に不安がないわけではなかった。


 けれど、逃げてばかりでは成長などできるはずがない。自分だってもっと役に立てるようになりたいのだから、これぐらいは頑張っていかなければとフランはやる気を出す。



「それで何の討伐依頼を受けるつもりなんですか?」


「カプロスか、岩石獣だな」


「どっちもどっちだぁ」



 カプロスは巨体な猪の魔物だ。牙も太く凶器で突進などされようものなら木々をなぎ倒すほどの威力だ。岩石獣も大きさはカプロスと大差ないので危険度は変わらない。


 どちらも山に生息しているので、この山々に囲まれた町ではよく討伐依頼がされる。


 カプロスは作物の被害や商業道を塞ぐなど、岩石獣は眠りを妨げられて暴れて山から下りてきたなどの理由が多い。今回もそういった理由のようだった。


 フランにとっては大変な依頼であることをアルタイルも理解しているようで、「カプロスよりも岩石獣だろうな」と言っている。


 岩石獣は前にフランが追い掛け回せているので初めての魔物ではなく、倒し方も難しいものではない。そのことを考慮してアルタイルが岩石獣討伐の依頼書を手にした時だった。


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