「うぅぅ、酷い」
今日も賑やかなギルドの奥の席でフランはテーブルに突っ伏していた。それはもうげんなりとしている。今日も今日とて、不幸体質が発動し、それはもう見事な連鎖を生み出したフランはどうしてこうなるのだと嘆く。
そんな彼女の隣に座りながらアルタイルは慰めのつもりなのか、頭を撫でてくれていた。それはそれで子ども扱いされているようで嫌だなと、フランは身体を起こしてじとりと彼を見遣る。
アルタイルは頬杖を尽きながら今度はフランの頬をむにっと摘まんだ。この人、毎回と言っていいほどに摘まむよなとフランは思いながらも止めることはしない。こうしている時の彼は機嫌がいいのをフランは感じ取っていた。
怪我をしていないかという確認の時にも頬を摘ままれるのだがそれとは違っている。フランはこういうのって猫を愛でているだみたいだなと一人、思う。
暫くむにむにと摘まんで満足したのか手が離れた。頬を擦りながらフランは「何ですか」と聞いてみる。
「特には無いが」
「でも、満足したと」
「あぁ、そうだな」
満足はしたと返されてフランは何がと問い返すも、アルタイルは特に答えない。なんだろうこの人はとフランは困惑しながらも、自分の顔に何かあるのだろうかと手鏡を取り出した。
鏡に映る疲れた目元と濃いクマに女子としてこれはどうなのだろうかという疑問が浮かぶ。とはいえ、今まで生きるのに必死だったから疲れが顔に残ってしまうのは仕方ないのだ。
最近は眠れているけれど、濃く残ったクマはそう簡単には消えてはくれない。冒険者なのだからおしゃれを気にしても汚れるだけだしとフランはクマに触れる。
「どうした」
「いや、なかなかクマが消えないなぁって」
睡眠はとれていると思うのですけどねとフランが笑ってみせれば、アルタイルが目元に触れてきた。クマを指で擦ってから指を離して「別に」と口を開く。
「クマがあろうとなかろうとフランには変わらんだろう」
「え? まぁ、私は私ですけど……不健康そうに見えるじゃないですか」
不健康そうに見えるというだけでも印象というのはよくないのではないか。印象の悪い人と取引がしたい人間というのは少ないのではとフランが言えば、アルタイルが首を傾げる。
「フランの印象は悪くないが?」
「そうですかね? 不健康には見えるかなぁと思いますよ」
「そこも含めてフランだ」
「うーん?」
アルタイルの言葉の意味が分からずフランは返答に困る。何がそこを含めてなのだろうか、慰められているのだろうかと。
気にする必要はないってことかなとフランは解釈しながらも、自分のクマの濃さにもう少し睡眠をしっかりととろうと決める。
「……」
「なんですか、アルタイルさん」
視線が痛いとフランが鏡を仕舞えば、アルタイルは別にと返した。その返事の仕方は何かあるのではとフランがじとりと見遣るも彼は何も言わない。
それはそれで反応に困るのだがとフランが眉を下げれば、またむにっと頬を摘ままれた。
「このままでも十分だろうに」
「何がです? クマが消えれば健康そうに見えません?」
もう少し明るい印象になると思うのですとフランが言ってみると、摘まんでいた手を離してアルタイルがじっと見つめてきた。
暫し、見つめ合う。アルタイルの眼がすっと細くなったかと思うと、額に手を当ててから首を振った。
「そのままでいい」
「印象良くなったほうが……」
「そのままでいろ」
「いいや、でも……」
圧が凄い。そのままでもいいというアルタイルの圧にフランは負けた。彼が問題ないというのならいいのかもしれないと納得させる。
パーティを組んでいるのだから相方の印象も良いほうがいいのではフランは気にしつつも、アルタイルの眼力に頷くことしかできない。
(なんか、今日のアルタイルさんはますます分からないなぁ)
いつも分からないのだけれど、今日はもっと分からない。フランはうーんと疑問を抱きながら果実水を飲んだ。酸味のある濃い果実の味わいにフランは美味しいと笑む。
「……」
「あのー、アルタイルさん。今度はなんですか?」
視線が凄いのだけれどとフランが聞くとアルタイルは「別に」とだけ返してから、ギルドのカフェメニュー表を手に取った。
「フランは果物が好きだな」
「えっと好きですよ」
フランは果物全般が好きだ。ソロの時は節約をしていたこともあって滅多に食べることはなかったが、アルタイルと組むようになってからは依頼の後によく食べさせてもらっていた。
彼が好きなものを食べればいいと言ってくれるからだ。だから、そう返したのだが、彼はメニュー表を見せて指をさす。
「今はどれが食べたい?」
「今ですか? うーん、飲んでいる果実水が酸味の強いものなんで、甘いのが食べたいですね……桃とか?」
でも、桃ってこの辺りだと高いですよねとフランはメニュー表の価格を見て呟く。
果物は仕入れ時によって値段が変動するのだが、この時期の桃は高いようだ。でも、美味しいだろうなぁとフランがメニュー表を眺めていれば、アルタイルが店員を呼ぶ。
「ハンター様、何かご注文ですか?」
「桃を頼みたい」
「あら、お目が高いですね。今あるのは有名な産地から取り寄せたもので、甘味が強めで美味しいですよ」
にこりと女性店員はそう返してから「少しお待ちください」と奥へと下がっていった。一連の流れを見届けてからフランは「何故!」と思わず声が出る。
「お前が食べたと言ったからだが」
「言いましたけども!」
言ったけれどそれは聞かれたからでとフランが言うも、アルタイルは「今食べたいのなら食べればいい」と返すだけだ。
「別に今すぐってわけじゃ……」
「お待たせしましたー」
店員は皮が剥かれ食べやすく切られて皿に盛られた桃をテーブルに置いた。真っ白で艶のある桃にフランはおぉと声を零す。
お金を受け取って「では」と戻ってく店員に今更、戻してくださいとも言えず。フランはアルタイルに目を向けると彼は頬杖をつきながら見つめ返してくるだけだ。
(食べないと勿体無いよね……)
残すのは勿体無い。フランはフォークを手に取って桃に突き刺すと口に含んだ。みずみずしく甘さが口の中で弾ける。
久々に食べた桃は美味しくて、一つまた一つと手が止まらない。自然の笑みがこぼれてしまった。
「なるほど」
「なるほどって、何ですか」
「いや?」
「もう、なんですか。今日のアルタイルさんよく分からないんですけど!」
そのままでいろとか、桃を食べさせてくれたりとかとフランが突っ込むも、アルタイルは「そうだな」としか返さない。
ますます分からないじゃないかとフランはむーっとしながらも、食べる手を止めない。
「っふ」
「今、笑いましたよね!」
「いや、拗ねているのか、機嫌が良いのか分からなくてな」
顔は不満げなのに桃を食べる手は休めないのが面白いとアルタイルは笑う。なんだそれとフランが頬を膨らませれば、指で突かれてしまった。
「何ですか、もーー!」
分からないとフランは「これ、全部食べちゃいますからね!」と桃が盛られた皿を自分の前に持っていく。それにまた笑われたのだけれど、フランはもう知らないと桃を食べることにした。
アルタイルのことがますますよく分からなくなったフランのひとときだった。