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第13話 ハンターは動じない

 ひたひたと足音がする。ゆらりゆらりと松明の火が揺れて、影が二つ。棍棒を手に持ったゴブリンが目を光らせながら歩いている。少し後ろには弓を構えたゴブリンもいた。



「ギャッ」



 先頭を歩くゴブリンが鳴いた。松明が照らす彼らの先には一つの影が浮かんで――アルタイルの緋色の瞳と目が合った。


 その眼力にゴブリンたちは敵だと判断し、棍棒を振り上げて駆けてくる。ゴブリンとの距離が縮まり、すっと姿勢を低くして刃が抜かれる。


 音もなく静かに抜かれた刃がゴブリンの首を跳ねた。悲鳴を上げることも許されず、頭を無くした胴体が冷たい地面に転がる。



「っ」



 しゅっと飛んできた矢を避けて、弓を構えるゴブリンの前へと飛ぶ。焦る相手に容赦なく、刃が胸を貫いた。崩れるゴブリンから刃を抜いて、こびりつく血を拭うように一度、刀を振る。



「まずは二匹だ」



 呟かれた言葉と混じるようにぎゃっぎゃという声がする。血の匂い、仲間のものだと気づいたゴブリンが雄叫びを上げて襲い来る。


 一匹、また一匹と松明を振りまわす彼らを刃で払いのけて、一対一の対面へと持ち込む。一匹を切り伏せ二匹目へと刃を向け――掛け声がした。



「ギャッ」



 顔を上げれば火球が勢いよく迫っている。それが眼前へと入る前にぱんっと弾けた。


 背後からの魔法が火球を相殺し、続くように矢が飛ぶ。矢はゴブリンの頭を貫き、場が混乱したようにぎゃーと鳴き声が上がった。



「アルタイルさんに怪我は……」


「嬢ちゃん、心配は後だ! 来るぞっ!」



 アルタイルの作戦、それは自身が先頭に立って囮になり、ハムレットとフランは後方に隠れて不意打ち狙うというものだった。


 一人と見せかけてゴブリンたちをおびき寄せて、ハムレットとフランの攻撃で場を混乱させる。その隙にアルタイルが切り込んでいく。


 ゴブリンたちはまんまととの作戦に引っかかった。後方に居たシャーマンすらも引き出すことに成功し、アルタイルが動く。


 不細工な木の杖を持った小柄なシャーマンが慌てたように魔法を放つも、アルタイルに当たることはない。


 向けられた刃から逃げながら、抵抗を試みていた。シャーマンを守るためにゴブリンたちが前に出る。


 ゴブリンたちの中心に入ったアルタイルにフランは彼を援護するために魔法を放つ。吹雪がゴブリンを襲い動きを封じた。


 切り伏せられる仲間に勝てないと判断したシャーマンが逃げていく。そうはいかないと追いかけよとするアルタイルを残ったゴブリンたちが足止めをする。


(あ、このままだと逃げちゃう!)


 洞窟の奥へと走っていくシャーマンをどうにかしないとと、フランが紫水晶のロッドを構えて魔法を放とうとした時だった。



「うぉわっ!」



 ゴブリンが放った矢がアルタイルを越えて、フランに当たりそうになる。ハムレットが咄嗟に動き彼に突き飛ばされたことで回避することができた。が、問題はそこからだった。


 中途半端に練られた魔法が発動し、突風が吹き抜けて無数の風の刃が飛んでいく。アルタイルも巻き込む攻撃にゴブリンたちは避けようがない。


 身体中を切り裂かれて悲鳴が上がる中、シャーマンが突然の突風に転がって、杖が地面に落ちる。


 ぱっと何かが発動した。床が淡く光ったかと思うと蔓が地面から伸び、蔓に足を取られて立ち上がろうとしていたシャーマンがよろけ――振り返る。



「遅い」



 その一言と共に刃が一閃、シャーマンの首を切り裂く。吹き抜けた突風に乗ってアルタイルがシャーマンと距離を詰めた。



「ぁ、ゃ……」



 言葉にならない声を口から零し、這いつくばるシャーマンの頭を掴み、アルタイルは地面に叩きつけて魔法を使い破裂させた。飛び散る肉片を掃って立ち上がると風の刃で倒れたゴブリンたちに止めを刺す。


 転がる松明と浮遊する灯火の魔法の玉だけが照らす視界の中でアルタイルは全てを終わらせた。フランのミスでもある不完全な魔法をも味方につけて。



「流石だな……ハンター……」



 お前の戦闘はいつ見ても異次元だよとハムレットが苦く笑う。この視界の悪いさでよく動けるものだなといったふうに。そんな彼にアルタイルは「暗夜の魔法を使っている」と返した。



「夜闇でも視界を維持する魔法だ」


「ちょ、ちょっと! 暗夜の魔法って特級じゃないですかっ!」



 暗い中でも視界を維持する暗夜の魔法は特級だ。その下位互換である暗闇でもある程度の視界となる暗がりの魔法とは違い、効果範囲は広くて維持時間も長い。


 光を必要とせず、広範囲を見通せるのだが、それだけ効果の良い魔法というのは修得が難しい。故に暗夜の魔法は特級認定を受けている。


 アルタイルはそれを修得しているということは、それだけ魔法に長けているという証でもあった。


 魔物を破裂させる魔法はよく見ていたので、使うことができるのは知っていたが、特級魔法を使いこなすほどだったのかとフランは驚く。



「ハムレットのほうが俺よりは凄いではないか。あの薄明かりだけで弓を扱えるのだからな」


「見える範囲しかおれには無理だよ。ゴブリンとなんら変わらないさ」



 見えさえすれば問題ないけどなと笑うハムレットに、それはそれで凄いのではと口に出そうとして、自分のミスを思い出し、慌てて二人に頭を下げる。



「す、すみません。中途半端な魔法が発動して……」


「あれって、狙ったわけじゃねぇのか?」


「違います……練っていた魔法を途中で止められたので、中途半端に発動しちゃったんです……」



 本当はシャーマンの足止めをする風魔法を発動させるつもりだったことを話せば、ハムレットは「おれが突き飛ばしたせいか」と申し訳なさげに謝られた。



「いえ、ハムレットさんは悪くないです! 私が未熟なだけです……アルタイルさんにまで攻撃が及んでしまって……」


「別に問題はない」



 へこんでいるフランにアルタイルは気にしていないと言ったふうに返事をした。そこは注意するところではとフランが顔を上げれば、彼に頬をむにっと摘ままれる。



「怪我はないな」


「あ、あの」


「フランが何かしら起こした事象に関して俺は対応ができる」



 お前の不幸体質はいつ発動するか分からないものだが、いつでも起こりえることだと理解していれば問題はないとアルタイルは言って、むにむにと摘まんでいた頬から手を離す。



「あの突風は役に立った」



 シャーマンを取り逃すことはなかったのだから。アルタイルは「お前はよくやった」とフランを褒めた。結果として良い方向に傾いただけだとフランは思う。


 もしかしたら、アルタイルに怪我を負わせてしまうかもしれなかったのだ。そう言い返そうとフランが「でも」と口を開くも、彼は「俺には問題がない」ともう一度、言われてしまった。



「しかし、お前の不幸体質は魔物にも効果があるのだな。シャーマンが自滅する様を見た」


「自分で仕掛けたマジックトラップに嵌ったもんな、シャーマン」



 あれは事故みたいなものではないだろうかと思わなくもないが、それを引き起こさせたのはフランだ。ハムレットに「嬢ちゃんのおかげでもあるな」と褒められるも、喜ぶに喜べなかった。



「ひとまず、巣を確認する。まだ生き残っている可能性がある」



 全てを確認するまでは安心してはいけないとアルタイルに言われて確かにとフランは頷いた。増えている可能性もあるのだから油断してはいけない。


 ハムレットは「次はミスしないぜ」と先頭に立って歩いていく。迂闊に壁には触れるなよと注意されてフランは紫水晶のロッドを抱きしめながらアルタイルの横に立った。


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