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第7話 不幸体質はパーティを組んでも変わらない

「うわぁぁあん、いやだぁぁあっ!」


 半泣きになりながらフランは森の中を走っていた。背後からは丸い岩の塊が転がりながら追いかけてきている。


 山裾に近い森の奥にフランはいた。山から下りてきたキマイラの討伐依頼を受けて森を訪れていたのだ。一体のキマイラは山羊の身体にしては大きい個体で、フランからすれば初めて戦う魔物だった。


 というのに、アルタイルから「まずは一人で戦ってみろ」などという無茶振りをされてしまう。そんな無茶なと文句を言っても彼は動じないのを、この数日で理解してしまったフランは仕方なくキマイラ相手に一人、奮闘したわけだ。


 けれど、此処でもフランは不幸体質を発揮させていた。アルタイルのアドバイスを元にキマイラの動きを読みながら魔法を放ち、体力を少しずつ減らしていく戦法をするも、相手に勘付かれてしまい突進されてしまう。


 慌てて避けるも、蛇の尻尾が伸びて毒牙が襲った。フランは紫水晶のロッドを振って、風の刃を放ちその蛇の尻尾を切り落とす――ここまではよかった。


 ぶちんっと勢いよく切り落とされた蛇の尻尾が宙を回転し、フランの顔面へと落ちる。ふげっとフランが地面に倒れたのと同じく、尻尾を失った痛みでキマイラが苦しみ暴れた。


 獅子の頭を木々に当て回りながら吠えれば、木の上にいた猿の魔物が落ちてきて、立ち上がろうとしたフランの身体に圧し掛かる。


 猿の魔物が逃げる中、なんとか身体を起こしたフランに突撃してくるキマイラを転がりながら避ければ、大きな岩に獅子の頭をぶつけて倒れた。


 気絶したキマイラにほっと息をつく間もなく、フランを不運が襲う。大きな岩だと思っていたものが咆哮を上げながら立ち上がった。


 岩の振りをして眠っていた岩石獣を起こして怒らせてしまい、フランは岩石獣に追いかけまわされていた。



「私、何も悪いことしてないですよぉぉぉ」



 自分に非がないことを叫ぼうとも岩石獣には通用しない。怒り狂う相手は転がりながら唸り声を上げている。


 走り回っていては魔法を使うに使えず、フランは逃げるしかなかった。けれど、そこまで持久力があるわけではない。


 息が切れて呼吸をするのも辛くなっていく。走るのもやっといったところまで追い詰められて、足をもつれさせた。



「うげっぷっ!」



 それはもう盛大に顔面から転んで鼻を押さえながら振り返るも、もう間近に岩石獣が迫っていたのだ。


 これは避けられないとフランが思うのと同じく岩石獣が吹き飛んでいく。横からの衝撃に岩石獣は態勢を変えることができず、木々をなぎ倒しながら転がった。



「傷をつけるな」



 低い声がする。倒した木々によって停止した岩石獣が立ち上がろうとして――振るわれた太刀の一閃。瞬きする暇もなく、一撃が襲う。痛みに苦しむ声に追い打ちが放たれる。


 ぷしゃっと血飛沫が飛んだのが見えた。すっと下ろされた太刀が岩石獣の死を告げる。振り返ったアルタイルの頬が赤く色づいていた。


 返り血など気にも留めずにアルタイルは腰を抜かしているフランの元まで歩み寄り膝をつく。フランの頬を掴むとむにむにと摘まみながら「傷は無いな」と呟きながら触った。



「なんれふかー!」


「顔に傷はないな。鼻は赤くなっているが……許容範囲か」


「あふらいるさん!」


「何を言っているかわからんな」


「貴方が頬をむにむに摘まむから、喋れないんですよっ!」



 べしっと頬を摘まむアルタイルの手を叩き落としながらフランが突っ込めば、彼は「あぁ」と理解したように手を打った。摘ままれていた頬を撫でながらフランは「私は大丈夫ですよ」とむすっとしたように見遣る。



「なんだ、不満そうだな」


「不満ですけど! もう少し早く助けてくれませんか!」



 凄く怖かったのだとフランが文句を言えば、アルタイルに「経験は積む方がいい」と返されてしまう。


 すぐに助けてしまっては戦い方を覚えられないだろうと、もっともらしいことを言われるも、フランはやり方があると言い返した。



「戦い方は教えていただろう、後ろで」


「そうですけど! 危なくなったら助けてくださいよ!」


「助けたが?」


「もっと早くって言ってるんですけどっ!」



 岩石獣に追いかけられる前に助けてほしかったとフランが言えば、アルタイルは「あれはまた綺麗な流れだったな」と感心したように返す。



「お前の不運は岩石獣まで呼んでくるのだな。そのまま追いかけられるというオチには驚いた。何せ、俺を無視してフランを狙ったからな」



 岩石獣は俺も視界に入れていたはずだろうに凄いなとアルタイルに褒められて、フランは嬉しくないと声を上げる。



「不幸を褒められても嬉しくないですっ!」


「フランの特技だろう」


「嫌ですよ、こんな特技っ!」



 こんな特技なんて要らないと嘆くフランだが、無理だろうといったふうにアルタイルに首を左右に振られてしまった。


 私って実は呪われているのではと疑いたくなるが、「呪いの気配はない」とまだ口にも出していないのに言われてしまう。



「まだ、何も言ってませんけどぉ」


「何となくそう思ったのではないかと察した」


「アルタイルさんは呪いとか感知できるタイプの魔剣士さんなんですか?」



 フランがそう聞けば、アルタイルは「呪いを感知できないと魔物討伐専門はやっていけない」と答えた。魔物の中には呪いを纏っているものや、呪われているものが存在する。


 呪いを纏っている魔物はそれらを振りまくことができ、呪われているものは倒す時に呪詛が溢れ出る場合がある。


 故に、それらを感知できなければ被害を増やす可能性があるため、魔物討伐専門の冒険者、それもハンターであるならばできて当然なのだ。



「呪いを感知できない冒険者は魔物討伐を専門に扱うべきではない」


「……わかりました。でも、それはそれとして怖かったんですからね!」


「怖いか……善処しよう」



 フランがぷいっと顔を背ければ、アルタイルはわかったと頷いた。なんとも素直な返事だったのでフランは少し驚く。


 アルタイルは理由は定かではないがフランのことを気に入っていること。どんなに不幸体質が発動しようともそれを嫌がるどころか楽しんでいて、フラン自身を責めるようなことはしなかった。


 フランが半泣きになろうとも文句は言わないし、嫌がることはない。むしろ、怖がったりすれば心配してくれるし、怪我をしていないか確認までしてくれるのだ。これを気に入られていると感じないほど、フランは鈍感ではない。


(私の何処に気に入る要素があるのだろう?)


 今だってアルタイル一人であれば岩石獣を起こすことなく、キマイラを処理することはできたはずだ。


 簡単に終わる依頼をこんなふうに面倒なことにされて嫌だと思わないのだろうか。フランはうーんと首を捻らせるもアルタイルの口から文句が言われることはない。



「なんだ。まだ怖いか? 次からは配慮はしよう」



 出てくる言葉はフランを気遣っているようなものだ。今までの経験で文句や嫌味しか言われたことがなかったフランにとっては信じられないことだった。



「どうした?」


「いや、その……また面倒なことにして迷惑かけたかなと……」



 だから、そう言ってみるとアルタイルはすっと目を細めた。何か言ってしまったのではないか――そう身を固まらせた時だ。



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