びくりと肩を震わせて振り返れば、軽鎧に身を包む青年が数人のパーティメンバーを引き連れていた。なんだろうかと彼をフランが観察すれば、青年は「今度こそは頷いてもらう!」と指をさす。
「おれたちのパーティに入れ、ハンター!」
「また、お前たちか」
アルタイルは青年たちを知っているようで諦めが悪いなといったふうに溜息を零す。そんなことなどお構いなしに青年は「今度は違うぞ」と胸を張った。
「お前が入るなら、分け前の半分はお前に渡す。どうだ、好条件だろう?」
「断る」
「何故っ!」
青年が「半分だぞ!」と声を上げれば、アルタイルは「それぐらい自分で稼げる」と冷たく返した。
「お前たちよりも上のランクである俺が入る利点はない。俺一人でお前たちが受けられる魔物討伐依頼は全て受けられる」
お前たちの力は必要ではない、むしろ足手纏いだと断言されて、青年は「そんなことはない!」と、自分たちがどれだけ活躍しているのかを語り始めた。
Aランクの冒険者の中ではこなした依頼は多く、ギルドからもある程度の信用はある。パーティメンバーも優秀であり、勝手な行動をとるような冒険者ではないと。
「ハンターが入ってくれれば、さらに活躍が……」
「それが目的だろう」
はぁとアルタイルは面倒げに青年を見遣ってから「俺の名を借りたいだけだろう」と問う。その問いに青年は「それは」と口籠る。どうやら図星だったらしく、言い返せないようだ。
ハンターという言葉を聞いてフランはうんっと首を傾げてから、ふぁっと声を上げた。
「うぇえっ! アルタイルさんってハンターの称号を持っているのっ!」
ハンターというのは魔物討伐専門の冒険者の中でもランクが高く、ギルドに認められた存在にしか与えられない称号だ。危険度の高い魔物討伐依頼はハンターに優先されることになっていた。ギルドの信用も厚く、ハンターの称号を持つだけあり実力もある。
フランの驚きの声にアルタイルは面倒なといったふうに片眉を下げながら「そうだな」とだけ返すも、青年が「知らないのか」とまた語り出す。
「彼はSランクの冒険者であり、ハンターの称号を持っている冒険者だ。単身、ドラゴンと戦い無傷で帰還したという伝説もあって……」
「やめろ。勝手に語るな」
「ドラゴンと戦って無傷……」
話を聞いてフランは納得した、だから音も殺気すらも消せて戦えるのかと。それは自信もあるわけだとアルタイルの言動を理解した彼女を青年は訝しげに見つめていた。
その視線は睨まれているようにも感じて、気づいたフランは身体を引かせる。
「え、えっと……」
「君はなんだ? ハンターとどういった関係だ。まさか、彼の力を利用しようと……」
「彼女は俺が拾っただけだ。余計な勘繰りは止めろ」
猛禽類のような鋭い眼を向けられて青年が黙る。拾ったという単語に背後にいたパーティメンバーが声を潜めているのが耳に入るが、アルタイルは気にする素振りも見せない。
「俺を利用しようとしているのはお前たちのほうだろう。Aランクからなかなか上がれないのはお前たちの実力不足だ」
AランクからSランクに上がるというのは想像以上に難しい。ギルドからの信頼もあるが、実力もなくてはならない。ただ力があればいいというわけではない。冷静な判断をし、迅速な対応が、時に感情を殺すことができなければならないのだ。
迷いや強さへのこだわりといったものを持っているうちは実力などつくわけもない。アルタイルは「お前たちは俺を頼ろうとしている時点でSランクにはなれない」とはっきりと言い切った。
「それに俺はお前たちに興味がない」
興味もない冒険者とパーティは組まない。はっきりと拒絶の言葉を言われて、青年はがっくりと肩を落とした。
後ろで待機していたパーティメンバーに肩を叩かれて「退こう」と言われ、とぼとぼと奥へと歩いていく姿をフランは見送る。
あの様子だと何度もアルタイルをパーティにスカウトしていたのだろう。今度こそいけると思ったというのに、痛い所を突きつけられてしまったのだ。フランはぽっと出の自分が選ばれてしまったことが申し訳なくなってきた。
「お前が気にすることではない」
まだ何も言っていないというのにフランの心情を察してアルタイルに先手を取られる。うぐっと出かけていた言葉を飲み込んだ。
「何も言ってないじゃないですか」
「申し訳なくなったというのが顔を見れば予想できる」
「うぅ……」
お前は分かりやすいと断言されてフランは言い返すことができなかった。「散々、酷い目に遭ったというのに優しさを捨てきれないのだから」と言い足されては。
「お前は気にせずにこの依頼を受けることに同意すればいい」
「それは……てか、なんでSランクの、しかもハンターの称号を持っている冒険者って教えてくれなかったんですか?」
「話すつもりではあった。隠していたつもりは無いがどう説明するかを考えていた」
アルタイルの返答に疑問符をフランが浮かべれば、彼は「ハンターは勘違いされがちだ」と話した。
ハンターという称号を持っている冒険者は少ない。それだけ実力があるということではあるのだが、ハンターというだけで何でもできると勘違いされがちだ。
魔物討伐専門の冒険者であるハンターは魔物に対しては対応可能ではあるが、ダンジョン探索のような罠が多用されているだろう状況では他の冒険者と変わらない。周囲をある程度は判断することが可能だから対応ができるといったぐらいだ。
護衛も魔物相手ならばいいが、山賊などの野盗相手だと勝手が違う。魔物は殺すことができても、人間相手では下手に殺生ができない。もちろん、命がかかわることであるならばそれも許されるだろうが、魔物を倒すのとではやり方が違うのだ。
他の冒険者よりも魔物に対する知識が多く、戦う能力が高いというだけだとアルタイルはこれが理解できずに勘違いしている冒険者が多いから説明が難しいのだと教えてくれた。
誰だって得意不得意はあるだろうと言われて、フランはそうだなと頷く。
「ただ、他の冒険者よりも状況によって対応できる力があるだけだ。なんでもこなせるわけがないだろう。ハンターは魔物討伐が専門の冒険者の称号だ」
なんでもできますという証ではないときっぱりと言われて、それだけ勘違いされてきたのだろうなと察する。
「でも、パーティを組むなら必要な情報なんですからすぐに教えてくださいよ」
「……そうだな」
「なんですか、その顔は」
真面目な指摘を受けてかアルタイルは言い返せないようでむっと眉を下げていた。
子供が叱られた時のような表情にフランはそんな顔もするのだなと意外そうに見つめる。冷たく感じる眼が印象的だったからだろうか、じっと見惚れてしまった。
「……なんだ」
「えっ! いや、何でもないですけど……」
「では、依頼はこれで問題ないだ」
「それとこれとは違いますぅぅ!」
なんでそうなるのだと、ガーゴイルの依頼の用紙を受付に持っていこうとするアルタイルを止めた。
「良い経験になるだろう」
「私、絶対に足手纏いになりますって!」
「フォローはするから安心しろ」
「不安なんですけどっ!」
フランの嘆きも空しくガーゴイル討伐の依頼は無事に受理されてしまった。
もちろん、順調に討伐ができるわけもなく、フランは半泣きになりながら不満を訴えるように、ぽかぽかとアルタイルの背中を叩いたのは言うまでもない。