フランはむすっとしながら湯船に浸かっていた。冒険者ギルドのある町、サレタージャは温泉で有名な土地だった。山の麓にある少々、大きな町は活気づいて冒険者ギルドも大きく、加入している冒険者も多い。
世界を冒険し情報を集める冒険者も長く滞在し、依頼をこなしていく冒険者もいれば、魔物討伐だけを専門に扱う冒険者もいて、他のギルドよりも活動している者たちがいるのがサレタージャだ。
そんな町のとある宿。冒険者たちが寝泊まりしている宿舎の温泉にフランは入浴していた。
アルタイルに連れられてサレタージャへと戻ってきたフランは彼に「さっさと湯浴みをしてこい」と強制的に浴場へと放り込まれてしまった。
「血生臭くなったのはアルタイルさんのせいなのにぃ」
助けてくれたのは有難いことなのでそこには感謝するけれど、血生臭いと文句を言われるのはどうなのだ。もう少し助け方を変えてくれれば、返り血は浴びなくて済んだと思うのだがと、フランはぶつぶつ愚痴る。
「あんなに強いなら絶対にやりようがあったでしょ……。いや、それにしてもあの数を一瞬で音も殺意も感じさせずに倒すって……何者なのだろう……」
魔物を倒す時、音というのは出る。剣を振るう時、魔法を放つ時、足音、息遣い。それらはそう簡単に消せるものではない。
殺気というのもそうだ。相手を倒すという気迫というのも隠すのは難しいものなのだが、アルタイルはそれらを感じさせることなく一瞬で片付けしまった。
「拾ってやるって言われたけど……本当に助けてくれたってことなのかな?」
アルタイルの言葉を信じていいものかとフランは悩む。自分は何度、酷い目に遭ったと思い出すも、やっぱり疑いきれなかった。全ての人たちが悪い人というわけではないという考えがフランの中にはある。
どうなのだろうかと、ぐるぐる考えても答えは出ず。うぅっと湯船に顔をつけてぶくぶくと息を吐く。そうやって頭の中を冷静にしてから、「本人にもう一度、聞こう」と結論を出して湯船から上がった。
「そうだよ、本人に直接、聞けばいい!」
聞いたからといってそれを鵜呑みにするのはよくないのだが、フランの頭の中からは抜け落ちていた。
浴場から出て宿の共有スペースに顔を出すとそれに気づいたアルタイルが手招きをしてきた。
「依頼完了をギルドに報告しにいく」
どうやらエアウルフの討伐を請け負っていたらしい。だからあの時、「探してみれば、面倒な」と呟いていたのかとフランは納得した。
アルタイルに着いて宿から出てサレタージャの冒険者ギルドへと向かう。扉を開ければ、目の前に受付があり、室内の奥の壁に依頼が貼られた掲示板が見えた。
軽い食事などもできるので、テーブルでは老若男女の冒険者たちが飲み食いしながら話をしている。騒がしいというよりは賑やかといった雰囲気があるギルドの光景を横目に、アルタイルは受付嬢へと声をかけた。
「あら、アルタイルさん。依頼完遂ですね、流石です。はい、こちらが報酬金になります。魔物討伐の依頼はまだ何件がありますので、掲示板のほうを確認してみてください」
赤毛の短い髪がよく似合う受付嬢がにこりと微笑みかける。アルタイルは適当に返事を返して近くのテーブルの席へと腰を下ろした。
フランがどうしたらいいのかときょろきょろしていれば、彼に「早く座れ」と言われたので前の席に座った。
「あの、アルタイルさん。拾ってやるって言っていましたけど……」
「そのままの意味だ。お前は俺の興味を引き立てた、だから拾った」
泣き怒りながら嘆く姿というのを見たことがないわけではなかったが、自分自身の未熟さに怒っているというのは珍しいものだった。
不幸体質を言い訳にしていない点は評価ができる。さらにはそんな状況でもソロで冒険者を続けてきた根性が面白い。不幸体質の連鎖というのは綺麗なもので、全てにおいて興味を抱いた。
「戦闘もできるのであれば、傍に置いていても問題はない。お前といれば退屈はしないだろう」
「なんだろう。なんか嬉しくない……」
助けてくれたというのは本当のようではあるのだが、その理由が興味を持ったというものだった。そこまではよいのだが、退屈しないというのはどうなのだろうか。暇つぶしとも取れる言い方にフランは複雑になる。
そんな彼女の様子に「ちゃんと面倒はみるから安心はしていい」とアルタイルは言って、手に持っていた紙をテーブルに並べる。なんだろうかと見てみるとそれは魔物討伐の依頼書だった。
「えっと、ゴブリンの巣の駆除に、ケルピーの討伐……ガーゴイルの討伐っ!」
「どれがやりたい?」
「はぁっ? ケルピーはまだしも、ガーゴイルはBランク以上ですよっ!」
魔物には危険度が設定されており、その設定と同じランク以上の冒険者でないと討伐の依頼を受けることはできない。
フランはソロでこつこつやってきていただけあり、Bランクではあるがそれでも危険度が高い魔物と戦った経験がない。その場合、ギルド側から断られることもある。
なので、「私は受けられないかもしれないですよ」と答えれば、「俺はBランク以上で、何度か倒した経験者だ」と返された。
(そういえば、受付嬢さんに名前を覚えてもらっていたし、信用と実力はあるのかも……)
それなら納得できるなとフランは依頼書に書かれている内容に目を通した。ゴブリンの巣の駆除はまだ作りかけで数も少なく、大きくなる前に対処するというものだった。
ケルピーは山から渓流を下ってきたらしく、近くを通る商人たちを襲っているようだ。ガーゴイルは最近、遺跡で壊れた石像のふりをして調査隊の人たちを襲ったという。
(うーん、私にできそうなのってケルピーかなぁ)
魔物討伐の依頼をフランは殆ど受けたことがない。あったとしても、ドブネズミやボアーという猪の魔物を追い払う程度のものだ。下級魔物だがそれでも危険がないわけではないので、それ以上のこととなると自分にできるか不安だった。
どの依頼も危険な事には変わらないけれど、複数体よりも一匹のほうが立ちまわりやすいと考えてのことだった。なので、これかなとケルピーの依頼書を指さしたのだが、アルタイルは片眉を下げた。
「個人的にはガーゴイルをお勧めしたかったが」
「何故です? 私、足手纏いになるかなって……」
「俺個人の興味でもあるが、お勧めしたい理由はいくつかある。まずは報酬金の高さだ」
危険度が高いと報酬金はそれだけ多く貰うことができる。安い金額では冒険者が割に合わないと引き受けてくれないからだ。ガーゴイルは危険度Bランクとそこそこに高いため、報酬金の量が増えている。
「次に経験になるというのがお勧めする理由になる」
「経験?」
「俺は魔物討伐専門の冒険者だ」
魔物討伐専門の冒険者とパーティを組む以上は魔物と戦うことは避けられない。下級魔物ばかりを狩るわけにはいかないので、ある程度は戦闘ができるようになってもらわねばならないのだ。
いきなり上級魔物と戦うなどといった自殺行為はしないが、ガーゴイルは戦いやすい部類に入る。一体という少ない討伐な上にそこそこの強さなので、戦いの経験として身に付きやすい。
「何かあるだろうが、それは俺が始末すればいい」
お前のその体質は何かしら起こると冷静に言われてフランは言い返せない。エアウルフだけでもあの流れになったのだから、ガーゴイルで何も起こらないという保証はなかった。自分の不幸体質をこの時ばかりは信用してしまう。
「この二点においてガーゴイル討伐を勧めたい」
「うーん。理由は分かったのですけど、私にはまだ早いような……」
「俺がいるから問題はない」
「気になっていたんですけど、どうしてそんな自信が……」
「見つけたぞ、ハンター!」
フランの疑問を遮るように大声が響いた。