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第4話 不幸体質な冒険者、拾われる

 森の奥へと足を踏み入れる。枝葉が揺れる音しかしない静かな中を、何の躊躇いもなくアルタイルは歩いていく。フランはそんな彼の背を見つめていた。


 フランが何処に行くのかと聞いても、彼は答えなかった。ただ、「着いてくればいい」とだけしか返さない。


(どうやって確かめるっていうのさぁぁ)


 フランは心中で叫ぶ。実際に行動を共にしていれば確かめることはできるかもしれないけれど、そう簡単にいくものではないのではないかと思わなくもなかったのだ。


 だが、絶対に何も起きないとは言い切れる自信はなかった。それほどまでにいろいろと起こりすぎていたから。フランは何も起きませんようにと祈るしかない。もうこれ以上は傷つきたくないし、精神を病みたくはなかった。



「あの、そろそろ離してく、ふげぇっ」



 沈黙に堪えかねてフランが口を開いたのと同じくアルタイルが立ち止まった。思わず彼の背にぶつかってしまう。いきなり立ち止まらないでほしいと鼻を押さえながら彼を見れば、鋭い眼光が茂みのほうへ真っ直ぐに向けられる。


 えっとフランが茂みへと目を向けると掴まれていた手を離されて――影が飛び込んできた。



「ぬわぁっ!」



 慌ててフランが避ければ、姿を現したエアウルフと目が合う。あれはさっきの群れのエアウルフだろうかと、フランが思考する間もなく、続々とエアウルフが跳ね飛んできた。


 皆が皆、フランを睨む。えっと小さく悲鳴を上げれば、彼らは牙を向ける。がうっと噛まれそうになってフランは転がるように避けた。



「まって、まってっぇ!」



 エアウルフたちは皆、フラン目掛けて攻撃を仕掛けていく。弱いと判断されたのか、それとも狙いやすかったからなのか。はたまた不幸体質だからなのか、定かではないが彼らはフランに我先にと噛みつく。


 フランは噛みつかれないように紫水晶のロッドを振り回しながら立ち上がり、距離を取るように後ろへと下がる。魔法を使おうにも相手と近すぎれば自分にも当たるかもしれないため、距離を見極めなければならない。


 フランは狙いを定めてロッドを振るう。紫水晶が煌めき、氷の息吹がエアウルフを襲った。一匹が凍結し、数匹が滑り転げる様子にアルタイルがほうと呟く。



「魔法はちゃんと使えるのだな」


「あの! 見てないで助けてくれませんかぁあ! うわぁっ」



 なるほどとフランの戦う姿を冷静に観察するアルタイルに突っ込むが、エアウルフたちがそれを阻む。なんで自分だけなのだという嘆きも空しく、牙を向かれた。


 飛びかかってくるエアウルフをロッドで殴り返し、魔法を使って距離を保つ。フランは自分ばかり襲われる理不尽を味わいながらも、頭を働かせながら戦っていた。


 魔物との戦いで油断は命取りだ。人間と違って彼らは容赦なく喰らいついてくる。散々、不幸な目に遭っているフランはそれを嫌というほど味わっている。ここで慌てれば、怪我だけでは済まないと。


 フランがロッドを振れば、今度は突風が吹き抜けた。風の刃がエアウルフたちを襲い、一匹が勢いよく吹き飛ばされて、仲間に当たりまた一匹が宙を舞う。そのエアウルフを踏み台にしようとした別のエアウルフが氷魔法で足を滑らしてひっくり返った。


 流れるような光景が空中で繰り広げられる。そんなことにフランは気づかず目の間にいるエアウルフたちの相手で精一杯だ。


 また突風が駆け抜けて吹き飛ばされたエアウルフが宙でひっくり返った仲間に当たり、吹き抜ける風によってフラン目掛けて落ちてくる。



「このっ……て、ふぇぇっ!」



 フランが気づくも遅く。落ちてきたエアウルフを避けきることもできずに顔面に激突し、地面に倒れる。それはもう一連の光景が綺麗すぎで思わず拍手をしてしまうほどには完璧な流れだった。


 なんか今、拍手された気がする。フランは痛む首を押さえながら起き上って顔を向けて固まった。リーダーだろう大柄なエアウルフが大口を開けて迫ってきている。


(あ、だめだ)


 避ける隙などない。フランは固まって――目を開かせる。


 目の前で大柄なエアウルフが真っ二つに切り裂かれた。びちゃりと顔面に返り血を浴びる。これはついさっきもあった気がするなどとフランが目を瞬かせ、亡骸が地面に落ちる。



「傷がついたらどうする」



 低い声でそう呟いてアルタイルは亡骸を蹴飛ばした。冷めた眼差しが猛禽類のような鋭い眼光を強調させる。ひぃっとフランは思わず引いた、怖いと。


 ゆっくりと瞬きをして、アルタイルはフランへと眼を向ける。蛇に睨まれた蛙のようにフランは動けない、それほどに彼の瞳は鋭い。立ち上がらないフランにアルタイルは膝をついて手を差し伸べた。



「大丈夫か?」


「あ、はい……」



 差し伸べられた手を掴んでフランが立ち上がれば、アルタイルはその姿を見てうんと小さく頷いた。



「拾ってやろう、フラン」


「……はぁ?」



 何がとフランは困惑した顔を向ければ、アルタイルは頬に付いた返り血を拭ってくれながら「面白いものが見られた」と満足げに話す。



「あのエアウルフの一連の流れは早々ないだろう。オチが顔面激突はわざとかと思えるほどに流れが完璧だった」



 何が完璧なのだろうかとフランが文句を言おうとするも、アルタイルは「傷はないな」と頬を撫でては襟元を捲って首を確認してきた。ひょえっと慌てて身を引かせて首を押さえれば、彼はどうしたと不思議そうにしている。



「眺めていたと思ったら、面白いとか、傷がないかとか……。なんですか、貴方は!」


「言っただろう。お前の不幸体質が本物なのかを確認すると」



 どれほどの実力かも確認出来て丁度よかったとアルタイルは悪びれる様子も見せない。何が丁度よかったのだと文句を言おうとして、彼の背後を見て声が出なかった。


 無残にも散らばるエアウルフの亡骸。自分が地面に倒れてから数分と経っていなかったというのに、全て倒されていた。


(この人、強い……)


 音もなく、殺気すら感じさせずに全てを倒したことへの驚きと、少しばかりの恐怖にフランは言葉が出ない。当の本人であるアルタイルはといえば、固まって動けないフランに首を傾げていた。



「どうした」


「ど、どうしたって、何ですか、貴方は……強いくせに……」


「お前は何度も言わないと理解できないのか」



 何度、言えば理解すると返されてフランはそれはと口籠る。アルタイルはフランの不幸体質がどれほどまでなのかを確認したかっただけなのだ。「でも」と口をもごもごさせていれば彼に「お前が先に頼んできたのだろうが」と言われた。



「助けてくれと言ったのはお前だろう」



 しんと静まる。フランは何のことだろうと今までの流れを振り返った。確か自分は泣き怒りながら彼に縋って不幸を嘆いて――助けてと口に出していた。



「戦うことができるのならば、足手纏いには少なくともならないだろう。まぁ、その体質が邪魔をするかもしれないが俺には支障がない」



 全て俺が始末したのだから。そう言われてフランは何も言い返せなかった。大柄なエアウルフに襲われかけたけれど、アルタイルが軽々と倒してしまったし、残りの子分たちもいつの間にか片づけていた。



「ただの興味だったが……まぁ、その前に」


「興味? その前に?」


「血生臭い」



 その血生臭さはどうにかしろと冷静に言われてフランは数度、瞬きをしてから拳を振り上げた。



「全部、貴方のせいなんですけどっ!」



 誰のせいだと思っているとアルタイルの胸を叩くも、「少し離れてくれ」と頭を押さえつけられるだけだった。



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