フランは縋りつく青年から手を離すことなく見上げれば、彼は口元を押さえながら笑うのを堪えて、いや笑っていた。それは見事な笑みにフランは苛立つ、酷いと。
「笑うなんて、酷いっ!」
「っ、いや、あまりの不幸さにもめげずにやってきたというのがな」
それの何処が可笑しいというのだ、こちらとしては笑い事ではないのだぞと、フランはぽかぽかと青年の腹部を何度も叩く。
「笑い事じゃないんですよ!」
「笑い事でないのは分かっている。泣く姿を見て面白いというほど非道でもない。ただ、そこまで酷い目に遭いながらもやっていけている根性が面白いと感じただけだ」
「それしか、私にできなかっただけですぅぅ。私だって好きでこんな目に遭っているわけじゃ、ないんですよぉぉぉ」
私だってこんなふうになりたかったわけじゃない! と、うわんと泣けば、青年はふむと考えるように顎に手をやった。
急に真面目そうな顔になったり、面白いと言ったり、なんだこの人はとフランが頬を膨らませれば、彼に「一つ聞くが」と質問をされる。
「お前は俗に言う不幸体質というものらしいが、依頼を受ければ必ず何かしらの不幸に遭っているのか?」
「うぇ? ……遭っている、かも……」
そう問われてフランは今までのことをもう一度、振り返ってみる。パーティに加入していた時は毎日のようにセクハラは受けていたし、囮にされて放置されたりもした。自分の分の報酬だって貰えなかったこともある。
依頼を受ければ、依頼人から無茶なことを言われたりもしたし、魔物に追いかけまわされたり、罠にはかかったりとボロボロになっていた。さっきも泣き怒りながら不幸を嘆いていたけれど毎度毎度、起こっていることだった。
いろいろと酷い目に遭い過ぎていて感覚が鈍っていたが、毎回そういった目に遭うというのは稀なのではないだろうか。そこまで考えてフランは自分の不幸体質が飛び抜けているのだと自覚した。
「一種の特技だな」
「こんな特技いらないですぅぅぅ」
「今更、その不幸体質は治らんだろ」
「うぇぇえん、嫌だぁぁあっ!」
こんなの特技にしたくないとフランはまた泣く。何が好き好んで酷い目に遭うのだ、私は平穏に過ごしたいのだと。こんな体質を一人で抱え込むなど嫌すぎる、辛いと地面を叩きながら駄々をこねた。
「もう嫌だぁぁぁ。一人でもこんな目に遭うし、嫌だぁぁ」
「まぁ、毎回となると辛いかもしれないな」
「辛いですよ!」
辛くないわけがないだろうと言い返せば、青年はそうだなと軽く返事をする。分かってないだろうとフランがじーっと睨めば、彼が視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
すっと近づく顔にえっとフランが目を丸くさせれば、頬を掴まれて目元を触られる。疲れた目元に目立つ濃いクマを擦られてフランが困惑していれば、青年は「なるほど」と呟いて手を離した。
「確かに苦労したのだろうな」
「苦労しないと思ってるんですか? こんな目に遭うんですよ、毎回!」
さっきも辛いって言いましたよねとフランがむすっとすると、聞いているとアルタイルは返す。表情を変えることなくただじっと見つめてくる彼の行動がフランには分からない。
「なんですか」
「…………」
何を考えているのか分からない猛禽類の瞳に観察されてフランは見世物じゃないんだぞと頬を膨らませた。そんなフランにアルタイルは暫し考える素振りを見せてから頷く。
「では、そうだな……」
「なんですか、さっきから!」
「お前、名前は?」
「えっと、フラン・ベガレットですけど……」
「そうか。では、フラン。一つ、確認をしよう」
「確認?」
言葉の意味が分からずにフランが首を傾げれば、青年に手を掴まれて無理矢理に立たされた。彼は何を言うでもなく手を引いて歩き始めてしまう。
「ちょっと、何処に行くんですか! そんなに引っ張らないでくださいよ!」
「あぁ、忘れていた。俺の名はアルタイルだ」
「え、あぁそうなんですか……って、違う!」
聞きたいのはそこじゃない! とフランが突っ込めば、アルタイルと名乗った彼は何とも面白そうにした表情を向けてきた。
これは嫌な予感がする。フランの直感が言っていた、何かあるぞと。そんな不幸体質の経験から察知した彼女にアルタイルは告げる。
「お前が本当に不幸体質なのか、確かめてみよう」
この男は鬼なのか。フランは散々、嘆いていたというのにさらに酷い目に遭えというのかとアルタイルの言動が理解できなかった。酷なことをする自覚はあるのかという主張は綺麗に受け流されてしまう。
フランは掴まれた手から逃げること敵わず、アルタイルに着いていくしかなかった。