今回の出張プランは全て王谷に任せっきりだった。
というか、部下である自分は口出しする権利は無いと思っていたし、そもそも日本列島の北方面に来ること自体が初めてなのでよく分かっていなかった。
とはいえ、泊まるのはここだよと言ってタクシーで到着したホテルには驚愕した。
大きくてかなり豪華な、どう考えてもリッチな人しか泊まらないような佇まいだったからだ。
てっきり小さい普通のビジネスホテルを想像していた。
圧倒されて何も言えないでいると、王谷さんは早々にチェックインを済ませていて、スタッフが私たちの荷物を運んでくれた。
「じゃあ到着早々で悪いけど、さっそく目的の場所へ行くから、出る準備終わったらロビーで待ち合わせよう。」
「分かりました。」
部屋はかなり上の階で、中は、明らかに1人では勿体ないほどの大きさと豪華さ。
そして窓から見える景色は息を飲むほど絶景だった。
もう少し暗くなったら、ここからでも充分100万ドルの夜景だろうと安易に想像がつく。
いくら仕事として来たとはいえ、タダでここまでの所に宿泊するのはどうなんだろうと思ってしまったが、出張直前に王谷さんが言っていたことを思い出した。
" せっかくだから優雅に楽しんでこようね〜"
「……いや、さすがに経費の無駄遣いでは…?あとからバレて私まで怒られたら……っあ、そうだ!昇さんにメッセージ送らなくっちゃ!」
逐一連絡くださいなんてあんな顔して言われたら、しないわけにはいかない。
萌は部屋から見える景色の写真を添付して、無事に到着した旨を伝えた。
急いで支度をしてロビーに降りると、既に王谷がいたのだが、難しそうな顔をして誰かと電話をしているようだった。
しかし萌に気がつくと、直ぐにニコッと表情を変えて電話を切った。
「やぁ、早かったね。ちょっと早いけど、本條さんお腹すいてるみたいだし、先にご飯でも行こうか?」
「えっ、どうしてわかるんですか?」
「さっきお腹鳴ってなかった?」
「えぇっ?!耳良すぎですよー!」
ふふふっと甘いマスクで笑っている王谷を、周りにいた金持ちそうな女性客数名がチラチラ見ていた。
有名な夜景が見える場所はいくつかスポットがあった。
その中の一つのエリアにある寿司屋を予約してくれていたらしく、そこで少し早い夕食をとることになった。
しかし……
「ほ、本当に良いんでしょうか?こんなにお高そうな所で……」
ここもホテルと同様、あまりにも庶民的な店ではない。
もう少しオシャレをしてくるんだったと本気で後悔するくらい、高級そうな寿司屋であり、しかも個室だ。
おまけにメニューには値段も一切書かれていないため、萌にとってここまでの寿司屋はさすがに初めてで緊張しかしない。
「せっかく来たのに海鮮食べなくてどーするのさー?どんどん好きなもの頼んでいいよ。僕は高いのから順に行くから〜。おぉ、良い日本酒もたくさんあるね!」
「えぇっ?飲んじゃうんですか?」
「あったりまえじゃん!日本酒なしで日本料理なんて」
萌は寿司ネタや海鮮にそこまで詳しくないので、とりあえず全て王谷に任せることにした。
「ん!こっ、このウニの茶碗蒸し…すっっごくおいしいです!こんなの初めて食べました…!」
「はははっ、ほんっとーに美味しそうに食べるね〜。見ていて楽しいよ。どんどん食べちゃって〜」
先程から、寿司だけでなく創作料理にもいちいち感激してしまってうるさい人になっていることに気がついた萌。
それでもやはり、一つ一つにちゃんと感想を言いたくなってしまうくらいに全て美味しかった。
お酒も美味しく、つい飲みすぎてしまいそうになるが、さすがに今は一応仕事中でもあるので自制した。
「っあ!写真撮るのを忘れていました!食べかけだけど……ちょっと失礼します。」
スマホで写真を撮り、すぐさま昇に送信しようとすると、王谷が止めてきた。
「待って、旦那さんに送る用でしょ?なら僕が本條さんと一緒に撮ってあげるからそれを送ってあげた方が喜ぶよきっと。貸して。」
「っえ、私を送るんですか?さすがにそれは恥ずかしいですよっ」
「何言ってんの?旦那さんは別に、食べ物や景色を見たいわけじゃなくて、本條さんを見たいだけだと思うよ。」
「そ、そうでしょうか…?じゃああの…カメラ目線は恥ずかしいので、食べてるところを撮ってくれますか?」
「うん、むしろそれがいいね!」
萌はおもむろにイクラとサーモンの創作料理を口に入れた。
王谷はカメラを向けている。
「どうー?美味しい?それ。今朝の採れたてらしいよ。」
「んん!すっっごく美味しいです!」
「じゃあこれも食べてみて。鱧の炙りとなんとかとなんとかのゼリー添え」
「っ、ふはっ!ちょっと!食べてる時に笑わせないでください!」
「だって難しくっていちいち名前なんて覚えられないよー」
はい、と渡されたスマホ。
カメラマンらしく会話をしながら撮影してくれるなんて流石だなと思ったのだが、それは写真ではなく動画だった。
「それ、旦那さんに送ってあげなよ。絶対喜ぶから。」
「ほ、本当にそうですかねー?私がただ食べてる動画なんて……本当に見たいかなー。」
「逆の立場になって考えてみなよ。動画の方がやっぱりリアリティがあっていいよ。しかも僕、結構動画撮るの上手いでしょー?」
「確かにプロのカメラマンみたいですね」
逆の立場……
そう言われて初めて、昇が何かを食べているところを想像した。
うん……確かに見たいかも。
送ったら送り返してくれたりして。
少しだけ酒が回ってきている萌は動画を添付し、「昇さんの動画もください!」と書いて送信した。