「あの…、王谷さんは、結婚願望とかないんですか?」
「ないねー」
まさかの即答に思わず返答に詰まった。
本当に、一瞬の間も空かなかった。
だから余計に気になった。
「……ちなみにそれは、どうしてですか?」
「僕さ、すごーく仲の悪い両親の元で育ってきたからさ。子供の頃から結婚とか夫婦ってものに憧れを全く感じないんだ。」
意外だった。
なぜなら王谷は王子というニックネームがつけられているくらいに、誰がどう見ても絶対に育ちが良いんだろうという印象しか与えない人だからだ。
「毎日怒鳴り声や口論の嵐の中育ってきたよ。世間体を気にして離婚は絶対しない。めっちゃ仲が悪い癖に、表向きはビックリするほど仲良しな良い夫婦気取って、近所じゃ評判だったんだ。
そういうの見て育ったからさ、なんか気持ち悪いなって。」
今では全く何も気にしていないといった雰囲気で朗らかにそう言った。
「あ、ごめん!新婚さんにこんな話してっ…」
「えっあっ、いえいえ!私の両親は仲良かったと思うけど、それでもたまに喧嘩してるところを見るの、本当に嫌でしたから気持ちはわかります。それが毎日なんてなると…そりゃあ嫌悪感感じますよね…」
「どんなに幸せそうに見えるカップルでも夫婦でも、絶対に一定の仲を保ち続けることはできないんだよ。人間だし、異性だし、まして他人だしね。100%分かり合うことなんて不可能なのさ。」
理屈ではわかってはいる。
けれど、いざ言葉にして聞かされると、何だかとてつもなく虚しい感情になった。
「そういう本條さんは、昔から結婚に憧れとかあったの?やっぱり女性だし。」
「あ……いえ。実は私、結婚というもの自体、本当はしたくなかったんです。ただ親が積極的だっただけで……なんというか、私はいつも自分のことだけで精一杯だし。」
「へぇ、そう。じゃあどうして今の旦那さんと?」
それは至極当然の疑問だろう。
そこまで結婚やまして恋愛というものに消極的だったと宣言しておきながら、今は結婚して、傍から見ると順風満帆に見えるだろうから。
とはいえ、一種の契約結婚的な成り行きで……なんてことは言えない。
「えっと、まぁそうですね……昇さんてあぁ見えて、結構情熱的なんですよ。そういうの初めてで……私に無いものを沢山持ってる彼に惹かれたんでしょうね、私が。」
嘘ではない。
初めは正直ほとんど感情なんてなかった。むしろ利用してやろうくらいに思っていたのに。
どういうわけか、今ではこんなにも惹かれていて、好きという感情がちゃんとあることにようやく気付いた。あの時嫉妬した自分にも驚いた。
同時に、怖くもなる。
突然いつ何が起きても分からないから。人の感情なんて、たやすく変化するし、ひょんな事で状況が一変することだってある。
だから……たまに私は恐ろしくなる。
「その割には浮かない顔で言うね?」
さすが、鋭い王谷さんはそう言って顔を覗き込んできた。
「……多分、幸せなんだけど、幸せをちゃんと素直に実感できないタイプなのかも……」
「うーん、それは違うんじゃない。」
「え?」
「きっと、本條さんは、自分が幸せになることを許せないんだよ。幸せになることを拒んでる。」
ドクッと鼓動が大きく音を立てた。
図星をつかれたのかもしれない。私は確かに……幸せを求めないようにしてきた。
いつか一瞬にして消えてなくなることを知っているから。
そうなったときの衝撃と、恐ろしさを知っているから。
そうなったときの自分が怖いから。
「ど……どうしてそう思うんですか?」
「顔、見てればわかるよ。」
「……そんな顔、してましたか。」
フフっと王谷さんが私の目にかかった前髪を退かした。
こういうことをサラッとやってのけるのもさすがだが、たまに彼との距離感が分からなくなる。
「幸せってのはね、自分の思い通りに生きることなんだ。愛なんてのはそこまで重要な要素じゃない。全ては自分次第。自分の好きな環境や人や物に囲まれて自分の好きな生き方をすること。これが幸福の要だよ。」
優しく笑う王谷さんが、本人の意図しないところで女性たちの心を掴みまくっている理由がますますわかった気がした。