「これはいつも見る夢だけど、実際にあったいつかの現実なんです。」
「え……じゃあ昇さんは、私のことをずっと探してたってことですか?」
頷く昇に、萌はなかなか思考が追いつかない。
「ごめんなさい、私…全然覚えてなくて……」
「いえ、そんな幼い頃のたった一度きりの出会いなんて、普通は覚えてないですよ。ただ僕にとっては命を救われた経験でもあったし、それに……」
昇は照れたように少し笑った。
「初恋でしたから。」
「っ…!」
萌は目を見開いたまま、顔を赤くした。
「そ、そうなんですか…?私が?……あ、だから今日あの時……あ、愛してるからだって……」
"愛しているからに決まってるでしょう!"
と、突然叫んだ昇を思い出す。
"僕は……愛してるんですよ萌さんを。ずっと…ずっと好きだったんですから……"
確かにそう言っていて、あの時は混乱していて何も考えられなかったが、今思うとあれは、決して勢いに任せて言ったセリフではなかったということは分かる。
「初恋の相手で、僕に生きる希望をくれた、命の恩人です。萌さんがいたから今の僕がある。
誰かに抱き締められたのも、あの時が初めてです。」
昇は思いを馳せるように少し微笑んだ。
萌はただ口を半開きにしていてなかなか思考が追いつかない。
「だからやっと見つけ出して、もう二度と離れたくなくて……再会したその日に婚約なんてして……はは…今思うと随分気持ちの悪い男ですね。」
萌は目をぱちぱちと瞬かせて、自嘲気味に…でもどこか寂しげに笑っている昇を見つめた。
確かになんだか最初から、私のことを知っているような感じだったのは知っていたし、何かを隠している風なのは分かっていた。
なんとなく知るのが怖くて何も聞かないでいたけれど……
まさか私のことをそんなに昔っから知っていたなんて思わなかった。しかも会話までしていたなんて……
どうしてだろう、私……なんにも覚えてない。
そもそも私は……
ズキッ……!
「っ…ん」
「萌さん?大丈夫ですか?あ、そうだ、萌さんも体調悪くて帰ってきたんでしたね!」
……ううん、違う。
ただ私は……
「実は私…あの頃のこと、なんだかあんまり覚えていないんです…。思い出そうとすると、まるで脳が拒否するみたいに頭が痛くなったりして……」
「え……?」
昇は何かを探るように、思考を動かしながら目を細めて萌を見つめた。
「とにかく驚きました。既に昇さんに会って話までしていたなんて…そのくらい教えてくれても良かったのに。」
「知らないことが多いほど楽しいと言ったのは萌さんですよ。」
「今はそんなこと思いませんよ。なんでもちゃんと知りたいです。隠し事なんて…本当に無しにしたい……」
昇は胸がぎゅっと締め付けられる感覚がし、萌の手に手を重ねた。
「ごめんなさい、萌さん。子供みたいにわがまま言って…器の小さい男で……。」
「い、いえ……私も、何度か酷いセリフを吐いてしまいました。せっかくあの時昇さんが助けてくれたのに……昇さんの気持ちを考慮できなかった私の器の小ささが原因で……」
互いにベッドの上で向かい合って俯き、正座している。
こんな妙な状態で沈黙が流れた。
「出張には行ってください。」
「出張に行くのはやめます。」
完全に2人の声が被った。
「「え?」」という声も同時に重なる。
「いや、行ってください萌さん」
「でもっ…昇さんあんなに頑なに嫌がっていたのになんでっ」
「萌さんの嫌がることを強制したくはありません。」
「私だっての昇さんの嫌がることしたくないですよ!」
真剣な萌の目を驚いたように見てから、昇はすぐに笑った。
「ふふっ、ありがとうございます。その気持ちだけで充分嬉しいです。そもそも僕は今日、凄く嬉しかったんです。萌さんが嫉妬してくれて。」
「えっ、私が嫉妬?!……あ!」
確かにあの秘書に対して、私より可愛くて若くてどうのこうのとグチグチ言った気がする。
「好きな人にヤキモチ妬かれるのって、こんなに嬉しいものなんですね…。初めてです、こんなの。」
昇は本気で嬉しそうにニコニコしている。
そんな態度を前にすると、何だかとてつもなく恥ずかしくなってきてしまう。
「のっ、昇さんだって……私のこと、あんな声たかだかに……」
初めて誰かに言われた「あの言葉」を思い出し、なんだか顔が熱くなった。