「はは……僕っていつ死ぬんだろう。家でも外でもいつも一人ぼっちで生きてる意味ないし、どうせ長く生きれないのなら早く死にたいなぁ……」
定期的な頭痛と熱。
容赦のない父親に、お前は長くは生きられないかもしれないな…と失望したように言われた。
まだ、小学生なのに、真実を突きつけられたのだ。
それからというもの、生きた心地がしなかった。
学校では、家系と病気のことで教師たちはまるで腫れ物を扱うように接してくる。
そんな明らかに他者とは違う存在の昇は友達はできず、極力自分からも作らないようにしていた。
いずれ1人になった時の寂しさに耐えきれなくなる自分が怖かったのと、他人を安易に信用できないのもあった。
自分に言い寄ってくる大人も皆、昇ではなく昇の後ろにある金や権力を見ていた。
「じゃあ一緒に死んであげる」
「っ?え……」
少女は突然、昇の手を引いて橋の上に連れてきた。
下には激しく川が流れている。
昇は途端に足が竦むのがわかったが、少女は全く怯まず昇の背を押した。
「じゃあハイ。ここに立って」
「まっ、待ってっ!」
「どうしたの?死にたいくせに怖いの?」
「……っ」
「生きることも怖くて、死ぬことも怖いんだね。だったら……」
何が起きたのか、一瞬わからなかった。
昇は彼女に抱き締められていた。
「生きなきゃ、ダメでしょ。」
熱のせいか、頭がグラグラとして、目眩がする。
それなのに、彼女の声は耳元でクリアに聞こえる。
「幸せになることを諦めちゃ、ダメでしょ。」
ドクッと大きく鼓動が震えた。
体だけでなく目頭が熱くなり、また涙が溢れてきた。
「絶対に諦めないで。私も諦めないから。」
ギュッとさらに強く抱きしめられた。
気がつけば自分も抱きしめ返していた。
誰かに抱きしめられたことなんて、初めてだった。
「あ……ねぇ、ところで名前は?」
一緒に川のほとりを歩きながら、すっかり元気を取り戻した昇はそう問いかけた。
「んー、秘密〜」
「えぇ?なんでよ?名前くらい教えてくれても…」
「だって知らないことが多ければ多いほど、いろんなこと想像できて楽しいじゃん」
クスッと笑った少女の無邪気な笑顔に魅了された。
「そっか、なるほど……。じゃあ君がどこの学校で、なんの教科が得意で、どんな友達や家族がいるのかって、僕が勝手に想像していいんだね。」
「もちろん。知っちゃったらつまらないでしょー」
この少女と別れる時、ランドセルについている名札がチラリと見えた。
「じゃーねー!ばいばーい!」
「っあ、待って!ねぇ、また会える?」
「うん。またいつかー?それまで元気でね〜」
本條萌……
名札にそう書いてあった。
本條って……
あの字なんだか見たことがある。
学校の名前までは読み取れなかったけど…
このへんをきっと歩いていればまた会えるよね。
当時の昇はそんなふうに、また彼女に会えるだろうと根拠なく何故か確信していて、彼女に言われた通りに彼女のことについてあれこれ想像していた。
しかし……あれから結局、一度も会えないまま私立の中学に入学した。
そして卒業したばかりのある日、衝撃の事実を知った。
叔父がなにやら電話で口論しているのが聞こえた。
「本條宅か院内全部、本当に探したのか!?全く…!だいたい相当なことをやらかしてくれたな!まぁ足はつかんようどうにかこっちでやっとくが…その代わり、何年かけてでも絶対に探し出せよ!?」
本條という言葉に反応した。
なぜならあの日以来、1度たりとも忘れたことがなかった名前。
たったひとつだけ、唯一あの子に関して知っている情報だった。
ただ、また会いたいとだけずっと思い続けていたのだ。
だから叔父の言葉にはなぜかピンと来てしまった。
数日後、叔父の出張中、自分で作った合鍵で部屋にこっそり忍び込み、ある書類を見つけた。
その書類に書かれていた病院の名前、それが、本條医院。
そこで少しだけ思い出した。
幼い頃、自分の病について執事と共に一度、本條医院に行ったことがあった。
そのときは、院長の男性が見てくれて、顔を顰めていた。
まだ幼かったし、結果を聞いたのは執事だから自分には何も分からないまま終わったが、きっと不治の病だとでも説明されたのだろう。
そこのところは今でも謎だ。
そうか……あの子は…本條萌は…
あの病院の子だったのかもしれない。
だってあの子に会ったあの場所と病院は、多分近いし、この辺じゃかなり珍しい苗字だ。
「え……?!」
そして更に知ってしまった。
「火事で…ほぼ全焼?」
それは、ニュースになっていて、テレビにも新聞にも出ていた。
幸いなことに、患者や従業員たちは軽傷者が多少出たくらいで、死亡者は出なかったらしい。
すぐ隣にあった本條家もほぼ燃えたということだった。
じゃああの子は今どこで何を……?
<知らないことが多ければ多いほど、いろんなこと想像できて楽しいじゃん>
今、どんな気持ちで、どこで、何をしているだろうか?
きっと悲しんでいるに違いない。
困っていることはないか?辛い思いはしていないか?
彼女の身体と心は大丈夫だろうか?
知らないことが多すぎる…。
だって、名前しか知らないんだ。
あの時…命を救われたのに、お礼すら言えていないんだ…。
今度は僕が君を救いたい。助けたい。なんでもしてあげたい。
だから僕は、一生かかっても本條萌を捜し出し、今度は僕が彼女を救い、必ず守ると誓った。
たとえ名前しか知らなくても。