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第82話

「こっ、これは私と昇さんの問題なので、王谷さんは関係ないです。すみません王谷さん、もうお引き取りください。送っていただきありがとうございました。」


「いえ、関係ありますよ。萌さんを誘ったのはこの方なんですから。」


「いい加減にしてください昇さん!」


「大丈夫だよ、本條さん。こういった話し合いも、仕事の一貫だし。こう見えて僕は、わからず屋を論破するのが得意なんだ。」


双方とも好戦的な目で見つめあっていて、一瞬たりとも目を逸らさない。


「遊びに行く訳ではなく、普通に仕事なんですよ、旦那さん。本條さんと僕には必要なことなので、こんなことにいちいち目くじら立てていてはダメだと思いますけど?」


「目くじら立てているわけではなく、一緒に行くのが君だから反対してるんです。普段からやたら妻の近くにいるそうじゃないですか。」


「は?何言ってるんですか、仕事仲間なんだから当然でしょう」


「近すぎるから言ってるんですよ。」


「それはあなたの主観じゃないですか?だいたいどうして同じ職場の人間でもないあなたが僕と本條さんのことを?」


「そ、れは……っ」


「監視」と、私の口から無意識にその単語が出ていた。


「私のことを、ずーっと監視してたんです。スパイを雇って。」


「えっ?スパイ?うちの会社にいるの?」


「はい。……ヤマトくんです。」


王谷さんも昇さんも、驚いたように目を見開いた。

昇さんに関して言えば、なぜそれを知っているのか、と言ったような表情だが、普通にさっき電話で聞こえましたけど?と睨み視線で訴える。


「あのヤマトくんが……?はぁ……

それはそうと、旦那さん。さすがにどうなんですかそれは。正直ドン引きですよ。」


「私はドン引きというより……普通にショックが大きいです。そんな職場でまで監視されるほど信用ないなんて……」


「ち、違います!ただ萌さんのことが心配だからっ……なにしろあそこは叔父の職場でっ…」


「意味分かりません」


ピシャリと吐き捨てた萌から目を逸らし、昇は小さく呟いた。


「……すいません。」


沈黙が流れる。

先程から、秘書の駒井だけがひたすら困ったように目だけを動かしていて気の毒だ。


「もう、いいです。話し合っても埒が明かないので無駄ですよ。」


「でも…そしたら出張へは行けないじゃないですか」


「なぜですか?別に出張行くのにいちいち夫の許可なんて要らないでしょう?」


全員が目を見開いて萌を見た。

まるで、そんな強行突破をするようなタイプには見えないと言いたいように。

昇はショックを受けたように固まっている。


「あ…の……えっと……お、奥様?」


そんな昇を気の毒に思ったのか、初めて秘書の駒井が恐る恐る口を開いた。


「確かに、監視をされていたみたいで嫌だったという気持ちはわかるのですが……社長の気持ちも、少しだけ考慮してあげてください。自分の目の届かないところで奥様に何かあってはならないという社長なりの愛情で…」


「はい?愛情って束縛をすることなんですか?」


「奥様はあまりご自分の立場を理解していらっしゃらないようですが、加賀見の身内になるということは実際、あらゆるところから足を引っ張られたり攻撃の対象になるということなんです。つまり、あなたは充分危険に晒されており、注意が必要な存在なんですよ。」


「そんなこと…なんとなく分かっています。でも、だったら私に内緒でスパイなんかつけてコソコソしなくてもいいじゃないですか。それに……」


萌はゆっくりと息を吐いて先日の衝撃を脳裏に反芻した。


「それに……そうやって私を監視していたにも関わらず、私は先日誘拐されました。いざと言う時に何も守れていないんだから、意味ないのでは?」


昇が傷ついたような顔をして俯いた。

萌も、自分の発言に後悔して俯いた。


言いすぎてしまったかもしれない…

あんなに必死になって助けに来てくれて、抱きしめてくれたのに。


でも………

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