「あー……えっと…これは…どういう状況かな…?本條さん、分かる?」
唖然と立ち尽くしている私とソファーの2人を見比べながら、苦笑い気味に王谷さんが呟いた。
「さぁ…。分かるのは、夫と知らない女性がイチャイチャしてるってことくらいですかね……」
昇さんの顔がみるみる青ざめていき、慌てたようにバタバタと起き上がった。
「っ、あ、の、ちが、違うんです萌さん、そのっ今日は僕が体調不良で…!彼女は僕の秘書で、僕を送ってくれただけです!決してやましいことをしていたわけではっ」
「えぇ、その通りでして。奥様でしたか、大変失礼致しました!わたくし、秘書の駒井と申します!」
駒井という綺麗な女性は、名刺を差し出しながらこちらに向かってきた。
一応受け取って見ると、確かにそれは嘘ではないとわかる。
「……へぇ……そう、なんだ……」
無表情のままそう呟いてため息を吐く。
秘書だからといってなんだというのか。
むしろ、こんな綺麗な秘書がいる方が怪しい。
いつも身近にいて、生活を共にしているくらいの若くて綺麗な秘書と、何も無いことなんてあるだろうか。
全く信用ができない。
「……で、萌さんのお隣の方は?」
「あぁ、どうも。僕は同僚の王谷といいます。僕も実は同じような内容で本條さんをお送りしました。」
「えっ?萌さんも体調が悪いのですか?!もしかして僕の料理の何かが当たったとかかな……」
昇さんは真剣に考え始めた。
そしてハッとしたようにようやく王谷さんを凝視しだした。
「ちょ……もしかして君が、あの?王谷って言いましたよね?」
「……?はい?」
するとその瞬間、昇さんのスマホが鳴った。
「……もしもし。」
«もしもしー!先輩報告っす!本條さんが今日よくわかんないけど情緒不安定気味だったんで早退することになって、王谷さんが送って行きました!»
「……あー、うん。今、目の前にいるよ…。」
«へぇ?!ついに修羅場ってことっすか?!結果報告お願いしますね!楽しみにしてますんで!じゃっ!仕事あるんでまた!»
プープープー……
萌の体が小刻みに震え出す。
聞こえてしまった。
いつも声が大きめだからなのと、昇さんが音量を最大にしているからだろうか。
その声の主、昇さんのスパイを知ってしまった。
「……ヤマ、トくん……」
ヤマトくんだったんだ……
いつも賑やかでムードメーカーで面白い、あのちょっとチャラい外見だけど完全無害そうな雰囲気を存分に醸し出している、ヤマトくん……
今まで私をどんな目で見てどんな風に思いながら逐一昇さんに報告していたんだろう……
「はぁ……失礼しました。
で、あなたが例の王谷さんですね。はじめまして。」
「え、えぇ。はじめまして……。例のとは?」
「あなたが原因で、昨夜から妻と揉めてましてね。」
「は、はいぃ?」
「妻を、2人きりの出張に誘ったそうですね?」
「ちょっ……えっ?妙な言い方しないでくださいよっ。ていうか本條さん!そういうふうに受け取ってたんですか?!」
「ちがっ……!私は決してそんな風には思ってません!仕事としてもちろん行きたいのに、それをこの人に全然承諾してもらえないからっ……」
「なるほど……。だから本條さんは今日、情緒不安定だったというわけか……」
4人のこの空間が、徐々にピリピリとしてきたのが分かった。
昇さんと王谷さんが睨み合っている。