萌はその日一日、会社でとても不機嫌だった。
なるべくいつもと変わらないように過ごそうと思っても、内心どうにもイライラしてしまっていた。
なぜなら……
「……誰なの、一体……」
昇から任された自分の監視役……
それが誰なのか……。
ここに入社した時からずっと、私の知らぬ間に私の監視をし逐一全部昇に報告している人がいたなんて……
酷すぎるし、考えただけで居心地が悪い。
「………。」
仕事をするフリをしながらキョロキョロと視線だけ動かす。
「このグミ食べる〜?新作のやつでさ〜」
ちょっとギャルだけど優しい凪紗ちゃんか……
「おー!さんきゅー!んじゃ、これやるよ。親父のベルギー出張土産で貰った小便小僧チョコ!」
一見チンピラに見えなくもない元気なヤマトくんか……
「え、あぁ僕にもくれるの?ありがとう。じゃあ僕の取っておきのムーンライダーズのウエハースあげるよ。でもおまけのステッカーは僕が回収するよ。まだコンプできてないんだ。」
ヲタクだけどお喋りで天然な航くんか……
「おいおいお前ら、菓子パやんならこっちにも寄越せよ。代わりに飴ちゃんやってもいいぜ」
少し口が悪いが頼れる上司の須藤直人さんか……
「あらやだコレ懐かし〜っ!まだこのニコちゃんキャンディって売ってたの〜?」
40代には見えない美貌の篠田祐子課長か……
「あぁ、僕はいいよ。今朝パン屋で手に入れたきな粉ラスクいっぱいあるから〜。良かったら皆もどーぞー」
我社の王子…モテモテの王谷夏輝さんか……
いや……王谷さんってことはあるわけないか。
昇さんが嫌がる出張を提案してくるわけないし、そもそも昇さんは王谷さんと私のことを監視役から聞いたから怒っているんだし。
「いや……でも……」
そうとも限らないような気もする。
あの、若手やり手実業家、昇さんのことだ。
実は昇さんと王谷さんはグルで、私をいろいろ試しているのかも……
「はぁー…なによそれっ……もう誰も信用できない…っ」
そもそもここのチーム内の人じゃない可能性も全然あるし。
「どうしたの、本條さん?今日やけに独り言とかため息とか多くない?」
「……っえ?!」
突然、篠原課長に突っ込まれて顔を上げると、皆の目線がこちらに向いていた。
「大丈夫?疲れたならちゃんと休憩してね。」
「そうですよ萌さん!ほらほら期間限定のマスカット味もあげますから!」
「ホワイトチョコ好きって言ってたっすよね?俺苦手だからこれ全部どーぞス!」
「僕のウエハースも良ければ。あ、でもステッカーはくださいね!」
「俺の飴ちゃんもそっちへ流してくれよ」
「ランチの時渡そうと思ってたけど、今渡すね本條さんの分のラスク!」
自分のデスクの上に、菓子の山ができていく。
「あ…りがとうございます……」
なんだか涙腺が緩んできて、目頭が熱くなる。
こんなに良い人たちを疑うなんて、私どうかしてる……
皆こんなにいつも……私に良くしてくれるのに……。
この中の誰かじゃなくて、私がホントの裏切り者なんじゃ……
ぐすっ……
「「「えぇっ?!?!」」」
突然泣き出した萌に、皆が騒然となる。
「ほ、本條さんはやっぱ疲れてるんだ!きっと!」
「な、何かあったんですよね多分?女の子だもん絶対なんかあった!女同士で話しましょうか萌さん」
「体調が悪いんじゃないっすか?ひとまず仮眠室に連れていくっす」
「もう今日は帰宅してもいいわよ本條さん。無理しないで?」
「じゃあ僕が送ってきますよ!」
と手を挙げたのは、王谷さんだった。