翌朝、いつも通り身支度をしながらリビングに行くと、昇さんがいつも通り朝食を用意していた。
昨夜はあのまますぐに寝てしまったので、話も何も纏まっていなくて少し気まずいが、昇さんを見る限り、態度はいつもと何ら変わらず飄々としている。
「おはようございます」
普通に挨拶をしてきたので、昨日の話は問題なく解決したと思っているのだろう。
人の気も知らないで……と、私はかなりショックを受けたのと同時に怒りが湧いてきた。
「……。いただきます。」
挨拶は返さずに席につき、朝食には挨拶をした。
食べ物には罪がないのでいつだって感謝をしなくてはならないというのが私のポリシーだ。
基本的には質素な生活をしてきたので、染み付いてしまっている。
家族がバラバラになってから、母と2人でしばらくは食べるのに困ったと言ったら言い過ぎかもしれないが、決して裕福ではなかった。
「……。」
「……。」
お互いに何も話さずに食事をしているため、こんなことは初めてで微妙な空気が流れていく。
いつもはなんだかんだ朝でも会話は弾むのに。
私は、とにかく今日会社に行ったら、出張についての話を王谷さんに何と言おうか…とそればかり考えていた。
一方……昇側は……
会社のデスクでボーッと目の前の紙の束を見つめていた。
秘書が出入りしても、瞬きすらなくピクリとも反応しない。
「社長あの……こちらに例の書類も置いておきますね。あとこの納品書は事務所へ持っていっておきますがいいですよね……??」
「………。」
秘書の駒井のり子は、なんの反応もなくまるで石のように止まっている昇にムッとした。
「いいですね?!」
「………ん。」
どうしよう。萌さんが何も喋ってくれない。
とりあえずいつも通りの朝を心がけたが、普通にシカトされていた……!
家を出ていく時も、「行ってきます」の一言もなかった!
萌さんを最近送迎しているのは村田庵だ。
しかし先程電話して聞いてみたが、こう言われた。
「なんだ、まだ謝ってなかったのか?
今朝の萌さんを見る限り、いつもと何も変わらず普通に俺と喋ってたから、てっきり仲直りしたのかと思ってた。」
僕とは口を聞かず、しかもあんな態度だったのに、庵とは仲良く喋っていたなんて……
「……ど、どうしよう。今朝僕が普通すぎたのが逆効果だったか?」
「…はっ、なるほど。それは逆に、なんにも人の気持ちを考えてない無神経な奴に思われたかもな。嫌われたなぁきっと。」
「そんなっ!それは本当に困る!嫌だ!どうにかしてくれ!」
「子供かお前……って昨夜と同じ会話繰り返してるだけじゃないか。勘弁してくれ…少しは自分で考えろよ。俺はこれからまだ仕事が詰まってる。じゃあな。」
昨夜のデジャブみたいに電話を切られ、昇は今こうして石になってしまったというわけだ。
「はぁあ〜〜……」
もう何も考えられないくらい頭が回らない……
今日はもうダメだー…
「もしかして社長、体調不良なんですか?」
「ん……そうなんだ、実は。でも気にしないで…」
「そんな死にそうな声で言われても……今日はお帰りになった方が宜しいのでは?なんか汗も凄いし、本当に熱がありそう……って!えぇっ?!社長!!」
まるで魂が抜けたように、突然クタリと机に伏せてしまった昇を、駒井が慌てて揺する。
「えっ?!熱い…っ!ね、熱ホントにあるじゃないですか!なにやってんですかもーっ!部下には体調管理に気をつけろとか散々言ってるくせにーっ!」
駒井は呆れたように言いながらも、慌てて他の秘書の応援を呼んだ。
昇の秘書は各分野によって分けられて存在する。
よって駒井の他に、厳密に言えば全部で5人の秘書がいるのだ。
「帰りましょう家に!私送りますから!」