村田さんは、ワクワクしたような笑みの華子ちゃんを前に初めは狼狽えていたが、しばらくして諦めたように肩の力を抜き、少し恥ずかしそうに蝋燭を一気に吹き消した。
皿に盛り付け皆でそれを食べる。
「美味しい!華子ちゃんってスイーツ作るの得意なんだね」
「ううん、実は全然そんなことないの。これは何度も練習したのよ」
そうなんだ……!
好きな人のために、なんて健気!
村田さんはどう思っているんだろう?とチラと目線を移すと、彼は一見、いつも通りの変わらない無表情に見えるのだが、なんだか柔らかい雰囲気になっている気がした。
だとしても感想の一言二言言わせたいから私は口を開いた。
「どうですかー?村田さん」
「……えぇ。ありがとうございます」
「や、じゃなくて、お味はどうですかって聞いてるんです」
少しムッとして言い返した。私はちょっと酔っているのかもしれない。なんだか村田さんの鈍感さがイラついてくる。
「……美味しいですよ。でも……さくらんぼが好きなんていつ言いましたっけ。」
「言ってたよ?むかーし。まだ私が小学生で、村田さんが高校生のとき。」
「え?思い出せないな……そもそも好きなものなんて他人に言わないですけど」
「昔うちの庭に、さくらんぼの木があって。摘んでいたら、村田さんがうちに来るところでね。さくらんぼを両手に持ったまま走って近寄ろうとしたら転んじゃって……さくらんぼ潰れて服がベトベトになって泣きそうになってたら、村田さんが起こしてくれたの。そのときに……言ってたんだよ。」
さくらんぼで赤いシミだらけになった自分の白いワンピースを見て泣きそうになっていると、村田さんは言ったらしい。
「俺が好きな、アレみたいだな」
「……アレって?」
「さくらんぼのパンナコッタ」
「ぱんなこった……?」
「その服みたいに、白と赤の綺麗な色の美味しいもの。誕生日になると毎年母親が作ってくれたんだよ。缶詰のさくらんぼだけどね。一年で一番、俺が楽しみだった時。」
「……そうなの?」
「けど、もう忘れようと思うよ。作ってくれる人はもういなくなったし、覚えてるだけ虚しい記憶は全部消し去りたいよ」
そう無表情で言って、赤と白のワンピースに目を細めていたらしい。
けれどその表情は、なんにも感じていないようには見えなかったと……華子ちゃんはこの話を私にだけしてくれた。
この夜、お酒をたくさん飲んだ村田さんも華子ちゃんもうちに泊まることになった。
部屋もたくさんあるし、私と昇さんは実は元々そのつもりでいた。
村田さんも華子ちゃんも、だいぶ飲んで酔ってくると開放的になるようで、うちに泊まることに関して拒否はしなかった。
それどころか口数は増え、なんと私たちは4人して学生のように酔っ払いながら深夜すぎまで喋り続け、気がついたらベッドではなくそのへんに転がるようにして潰れてしまっていた。