「……あ!村田さんですよね?」
突然の男性の声に、私たちは視線を上げた。
そこには、ブランド物のサングラスをかけたオシャレな私服の男性がいた。私たちと歳はあま
り変わらないように見える。
「っ!あ、あぁ黒宮さん、お久しぶりです。ご無沙汰しております」
村田さんは一瞬焦ったように頭を下げた。
黒宮……?なんだか聞いたことがあるような……
「村田さんとこんな所で会うなんて奇遇すぎますね。俺はたまたまお酒を買いに来ただけなんですが。もしかしてお買い物デートですー?」
「いいえ、違いますよ。御耳に入っているかと思いますが、こちら、加賀見昇と先日結婚したばかりの、」
「おお!あなたが噂の!!いずれお会いするつもりでしたがこんな所で!」
目を丸くしてからすぐに愛想良く微笑んだ男性に、私は急いで挨拶をした。
誰だかよく分からないが、村田さんとのやり取りを見るに、きっと重要な方なのだろうとは想像できる。
「こっ、こんにちは…はじめまして。萌と申します」
「はじめまして。俺は黒宮修斗です。
確か数週間前に、妹と遊んでくださったようで」
「え?………あぁ!」
思い出した……!
黒宮といえば、黒宮莉奈だ。
ドッグランで犬たちと一緒に遊び、昇さんの許嫁だったらしい子だ。
私が昇さんの婚約者だと知った途端、微妙な雰囲気のまま別れた……
そのお兄さんにまで出会ってしまうなんて……!
「あ……あのぅ……莉奈ちゃんは大丈夫でしょうか?昇さんとのこと、私知らなくて……きっと傷つけてしまったので……」
思い切って、ずっと気になっていたことをおそるおそるそう言ってみると、なんと予想外にもこの修斗さんという人は明るく笑った。
「ははっ。そんなこと気にさせてしまってすみません!たしかにアイツは落ち込んでますけど、世の中どうしようもないことって沢山ありますから、細かいこといちいち悩んでたって意味ないんですよねー。放っておいてやってください。アイツまだまだ幼稚な所多いんで、こういうのも学びなんですよ。いい加減強くなってほしいですね〜」
私は驚いてしまった。
あの妹とは違って、この兄の方はあまりにも大人だ。
サバサバとしていてとても自由に楽観的に生きているように見える。
「あの……もしよければ莉奈さんにまた……ワンコと遊びましょうと伝えておいてくれませんか?」
もう私に会いたくないかもしれないけれど……
せっかくペット繋がりの友達になれて楽しかったのに、変な蟠りを残したままのお別れなんて嫌だった。
「はーい、伝えときますねー」
この人の一見ちょっとテキトーそうな明るさは、逆に私を安心させた。
「あ、そういえば実は俺、来週いよいよ華子さんに会う予定になってまして。彼女の好きなものってなんだろーってね、考えてて。ちょうどいいからお2人にアドバイスをいただいても?」
「えっ、華子ちゃんと?」
「チューリップです」
私の疑問の声と村田さんの言葉が被った。
「オレンジのチューリップです。」
「へぇ……オレンジ……なるほど!良いことを聞きました。ありがとうございます。」
修斗さんと別れたあと、私はさっそく疑問を口にした。
「あの方は、華子ちゃんとどういった用事があるんでしょうか?」
村田さんは、店を出ていく修斗さんを目で送りながら、冷静に言った。
「フィアンセですよ」
「えぇ?!」
店内で大きな声を出してしまい、急いで口に手を当てる。
「10年前くらいから決まっていて、それまで好きに過ごすという話になっていたらしいですよ。でも……いよいよなんですね。」
知らなかった……。
でも、華子ちゃんの好きなものを聞いてきたということは……
「あの方は、華子ちゃんのことを……好きではあるみたいですよね?」
「それは表向きですよ。黒宮さんにはずっと一途に想い続けている女性がいるので」
「…………。」
私はどう反応していいか分からなくなってしまった。
華子ちゃんはどう思っているのだろう?