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第66話

風呂から上がり、寝支度を済ませて布団に入った時が、やはり昇さんが話し出したタイミングだった。


「ずっと、秘密にしていたことがありました。」


昇さんの声は、やはり元気がなく、まだ迷っているようなトーンだと思った。


「本当は永遠に、言わないつもりでした。」


「……なんですか?」


なにか秘密があることは薄々わかっていたが、永遠と言わないつもりのそんな秘密とは、一体なんだろうかと生唾を飲み込む。

心臓が嫌な音を立てて早くなっているのが分かる。

私が知っているはずだと言ったあの書類はなんなのだろうか。


「かつて僕の叔父が、今日会ったあの田代の反社組織と共に、不正な薬の取引をしていたんです。その薬を唯一作れたのが、どうやらあなたのお父さんだったようです」


「え……っ……そっ、それはどんな薬なんですか?」


「それが……実は僕にもよく分からないんです」


田代さんが反社組織で、なにやら違法な薬を求めている……それはなんとなく想像していた。

しかし、昇さんの叔父さんが関与していたなんて……



「分からないけどただ、なんだかとても特殊で、世に出てはダメな危険なものなんだと思います。しかし、反社や一部の人間たちは、喉から手が出るほどそれが欲しい。だからずっと、それのレシピを狙い続けている。」


「まさかっ、だから昔、私の家が放火された?!それを盗むために?!」


「そうかもしれません。もしくは、誰かがそれを隠すためだったのかも……」


「……って言うか、昇さんはどうしてそれを知っているんですか?!一体どこまでっ……」


私が言おうとしていて結局今まで言えていなかった私の家庭の事情を、実は昇さんは既に知っていた?!


「……昔から、いろいろと隠し事の多い叔父の書斎に忍び込んだことがあったんです。そしたらたまたまその記録を見つけてしまって……」


「そ…それで私のことを?じゃあ今日渡した書類っていうのは……」


「あれは、途中までのレシピが書いてあるものです。でも、急いで偽装しました。」


「偽装?」


「…はい。本当のものを渡してしまったら、なにか大変なことになりそうな気がして……」


それは確かにそうだろうと思った。

ヤバい組織がヤバい薬を所望しているなんて、ヤバい自体を招くに決まっている。


「……昇さんは……本当はなんのために私と結婚したんですか?世間体とかって、嘘ですよね…?」



"あなただって、それ目的で萌さんに近付いたんでしょう?まぁまさか結婚までしてしまうとは思いませんでしたが……いやはややはり加賀見家のやることは恐ろしいなぁ"


石田さんの言葉が甦った。

なんとなく、なにか他の目的がありそうだとは思っていたけれど、自分のことは棚に上げて見て見ぬふりをしていた。



「僕は……ただ……」


暗闇の中、隣から聞こえる昇さんの声は、少し震えているように感じた。


「ただ萌さんを……守りたいだけで……」


蚊の鳴くような声で、しかしハッキリと、それは聞こえた。


「ま、守りたい…?その薬には、私が関係していると言われているから…ですか?でも私はなんにも知らなくてなんにも思い出すことさえできないから、単なるデマかもしれっ」


「だとしても、狙われる立場にはある。僕は萌さんを守りたくて結婚した。それに僕は単純に萌さんのことが……」


「……え?」


沈黙が流れ、私の頭の中はますます混乱していた。

ただ私を守る為だけのために結婚までしてしまうなんて、そんなのただの良い人じゃないか。


「分からないです……なんにも分からない。

私の父も姉も、どこで何をしているか…生きているのかさえ分からない……だから私は……本当は……昇さんに協力してほしくて……」


「知ってます」


「えっ?」


「こないだここで、その話は聞きました。」


「なっ?!寝てたんじゃ……」


「思っていたよりもいろいろと複雑だと知って、なんて返そうか考えていたら萌さんが寝てしまいました」


私は口を半開きにしたまま暗闇の中目を見開いていた。

あのとき本当は昇さんが寝てしまったんじゃなくて、私が寝てしまっただけだったなんて……!


「大丈夫……とは言いきれないかもしれませんが、全てが解決するまで僕はできることならなんでもサポートするつもりです。少なくとも萌さんのことを、今後ちゃんと守ります。」


「……っ、昇さん。でも私は……怖いです」


知らないことを知ることは、昔から怖い。

なんでもそうだ。

想像ができないからだ。


「大丈夫。萌さん。僕がいます。」


突如、私は昇さんの体に包まれた。

抱き締められたのは、二度目だ。しかも同じ日に。


自分と同じ石鹸の香りが鼻をくすぐり、昇さんの暖かい体温が私の不安と恐怖を解していく。


「どうしてこんなに……落ち着くんだろう……」


やっぱり不思議だと思った。

彼の存在をこうして直に感じると、どんなに複雑で大変な出来事も、まるでどうでも良いことのように自分の中で凪いでいくからだ。


もう……なんだっていいか。

もしもこの話が真実じゃないとしても、昇さんが本当は何かを隠しているとしても……


その体温に溶け込むように、私は深い睡眠に落ちていった。

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