「……っ!昇さんっ!!」
石田さんが電話を受けてから、昇さんが石田さんの部下と部屋に現れた。
「萌さん……っ!」
「おっとー。ちょっと待ってくださいよ」
「「!!!」」
私を見つけた瞬間、駆け寄ってこようとした昇さんを、石田さんが止めた。
しかも、銃をこちらに向けて。
「書類が先です」
薄気味悪くにっこり笑う石田さんに、昇さんはスーツの内ポケットからソレを取りだした。
それを受け取った石田さんが、何も言わずにスっと隣の部下に渡した。
書類を開いて確認するその部下は、明らかに強そうなガタイの良い男性だが、まだ私たちよりも若く見える。
その部下が、横目で石田さんを見たのを合図に、石田さんが銃を下ろした。
その瞬間、サッと目にも止まらぬ早さで駆け寄ってきた昇さんに、瞬時に抱きしめられて目を見開く。
「の、昇さ」
「萌さん。ごめんなさい……」
抱き締められているその腕が、ギュッと強まっていく。
ここで私は気がついてしまった。
彼に抱き締められたのは、初めてだと。
こんなに落ち着くものなのだと初めて知り、無意識に目頭が熱くなり、涙が溢れてきた。
「のぼっ、るさっ……ん……」
一生懸命気を引き締めていただけで、実際は自分自身、とてつもない緊張とストレスを背負っていたことにも気づく。
彼に抱きしめられ、心の底から気が緩み安心した瞬間こうなのだから。
「……萌さん……帰りましょう。」
昇さんは優しく私の背中をさすり、耳元でそう言った。
頷くと、なんと私を軽々と抱き上げた。
石田さんが不気味な笑みを崩さないまま私のバッグにスマホを戻し、昇さんに手渡した。
「……もう二度と我々に関わらないでください」
「さあ?そればっかりは約束できませんが。まぁこちらもそうしたいとこですけどね。」
昇さんは睨むように目を細めてから私を抱えたまま部屋を出た。
そこからは村田さんの運転で家に戻ったのだが、安堵と疲れからか眠ってしまったようで、気がついたら家のベッドの上だった。
飛び起きた私の鼻を、良い香りがくすぐる。
まさかと思い急いでキッチンへ行くと、昇さんが私に気づき、眉を下げて優しく微笑んだ。
斜め上にかけてある時計を確認すると、23時だ。
「お腹すいてますよね?ちょっとした夜食を作ったんです。遅いので胃の負担にならないように春雨と野菜の卵スープですけど。」
「通りで美味しそうな匂いが……。
すみません、結局やらせてしまって」
元々は私が今晩早く帰って夕食の用意をしようとしていたのに……
「どうして萌さんが謝るんです?やめてください。悪いのは全部僕なので。」
「……あのっ…それって」
「とりあえず食事の準備をしますね。そのあとちゃんと話をさせてください…」
昇さんが食事の用意をしてくれて、私は今日買ったパンをトースターで焼き直して並べた。
本当に良い香りが漂い、全く腹が空かなかったあの時が信じられないくらいだ。
「わぁ……美味しいです。この春雨スープ」
「良かったです。豆乳でまろやかにしてみました。このパンもやっぱりどれも美味しいですね」
あの時は美味しくなかったパンも、今こうして自宅で2人で食べるととても美味しく感じる。
そしてなんだか、自分にとってわけがわからなすぎた今日の出来事が、どうでも良くなってきてしまった。
厳密に言えば多分、聞きたくないのだと思う。