ドクドクと嫌な音を立てる心臓を無意識に抑える。
萌さんに何度も電話をかけながら、迎えに来た村田の車に乗った。
ヤマトくんが言うには、王谷さんという人と萌さんはルルベーカリーというパン屋に行ってから中央第一公園のベンチで30分くらい喋って、それぞれ別方向に別れたということだ。
その後のことは王谷さんも全く知らないし、萌さんから何も聞いていないらしい。
「一体何がどうなってる……その人が嘘をついているとも思えないし……いや、もしかしたら本当に今頃2人で……」
「おい昇落ち着けよ、そんなわけないだろ」
本当に頭痛のする頭を抱えながら、萌さんの呼び出し画面を見つめていると、運転しながら村田がピシャリとそう言った。
「じゃあ他になにがあるっていうんだ?!さっきお義母さんにも電話したけど、知らないって言うし!繋がるから電源が切れたってこともありえないし!」
「……可能性としては……どこかで倒れたか…誰かに攫われたか…。俺もさっき華子ちゃんに電話したけど、検討もつかないと言ってた。」
〜♪
「っ、華子だ!…もしもし華っ」
«お兄ちゃん!萌さんいなくなっちゃったってどういうこと?!そもそもどうしてちゃんと送迎車の手配しないのよ!»
それを言われてしまうと、いくら萌さんに断られていたとしてもグゥの音も出ない。
やはり無理にでも送迎の専属をつけるべきだった。これからは絶対にそうしようと誓いつつも今はそれを考えている場合では無い。
「今から街中の防犯カメラを見にいくところなんだ。それしかもう方法がないから」
«私も行く!»
ちょうど華子との電話を切った時だった。
「あっ!!」
萌さんからの着信が表示された。
思わず手が滑りそうになったが、急いで通話ボタンをクリックした。
「もしもし萌さん今どこにっ!」
«……昇さん、すみません……私……っ»
「……萌さん?」
«あーもしもしー。僕ですよ、昇くん。わかりますー?»
「……は?」
かつて、こんなに鳥肌がたったことはないだろう。萌さんに変わって喋っているその人物の声に聞き覚えがあった。
«よくもあのとき、僕たちの最初の出会いを邪魔してくれましたよねー。しかもちゃっかり結婚までするとは驚きましたよ。さすが、加賀見はやることが違う。……まぁ別に良いですけど。»
「……どうしてキミが萌さんといるんだ。説明してくれ。」
喋りながら、急いで村田に萌さんのスマホの位置情報を探させる。
«心配せずとも、別に彼女に危害は加えてないですよ。しかし残念なことに、まだ返せません»
「ふざけるな……お前の目的は一体なんだ?なぜ本條一家に執着してる」
«……ほぅ……はははっ。そこまで知ってるなら普通、何となくわかるはずなんですけどね?とくに、昇さん、あなただったら尚更……»
「?!」
«あなただって、それ目的で萌さんに近付いたんでしょう?まぁまさか結婚までしてしまうとは思いませんでしたが……いやはややはり加賀見家のやることは恐ろしいなぁ»
気味の悪い笑い声と共に、自分の心臓が嫌な音を立てたのがわかった。
「違う……僕は……お前とは違う……」
無意識に、自分でも情けないくらい小さな声が出た。
«……ん?なんだって?まぁいいや。交換条件といきましょうか。»
「交換条件?……なんだ?金か?」
«そんなものなわけないでしょう。バカにしてるんですー?»
生唾を飲み込むのと同時に前を見つめる。
この車はまもなく、こいつのいるホテルに到着する。
«アレについての書類。それを持ってくれば、あなたの可愛い奥さんはその場で解放しますよ»
「………わかった。持っていくから、妻に変わってくれ……」
通話口から、確実に萌さんの息遣いが近付いたのが分かった。
「……のっ、昇さんこれはっ……どういうっ」
«萌さん……本当にごめんなさい。本当に……。すぐに迎えに行くので、安心して待っていてください。»
電話を切った後、村田に方向転換させた。
「叔父の家へ行ってくれ」
「清隆さんの?突然なぜ」
「……例の書類を今度こそ徹底的に捜す。日付が変わるまでに、絶対に。」
月が出ている。
こんな日に限って、美しい満月だった。
小刻みに震えている自分はきっと今、怒りではなく情けなさに支配されているのだと分かっていた。