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第62話

「えらく上機嫌だな。なんか気持ち悪いぞ、さっきからニヤニヤして」


車の中で、村田に突っ込まれるほど僕は態度に出てしまっていたらしい。


「だって萌さんが今夜は珍しく夕食を用意してくれるって」


スマホのメッセージを見つめながらそう言うと、村田は納得したようにハッと笑った。



"今日はもう帰り道なので、これから買い物寄って私が作りますね!"


約3時間前にこのメッセージが来ていた。

今日は自分が少し遅くなってしまったから、ちょうど良かったと思った。


「一体何を作って待ってくれているかな。こんな風にウキウキする感覚を定期的に味わえるなんて幸せだ」


「それは良かったな」


「やっぱり庵もそろそろ恋人を作ったらどうかな?」


「大きなお世話だよ。」


冷たく即答する村田だが、昔から不思議なのは、彼の恋愛話は聞いたことがなく異性の影も感じたことがないこと。

ゲイなのかと疑ったこともあったが、恋愛対象は女性だとは聞いた。

だから昔から尚更不思議だった。

彼との出会いは中学生の頃からだが、当時から尋常じゃないモテ方をしていたから。

勉強もスポーツも万能な上に背も高くて顔も整っているから、周囲の女子たちが放っておくわけがないのだ。

しかし、当の本人は告白する女子全員をことごとく振り、そんな完全無欠なところも逆に周りを刺激していてさらにモテていた。

ほかの男子たちからも、一部を除いてだが、僻まれるどころか、万能すぎるが故に誰も文句は言えず、ある意味雲の上の何か違う次元の存在として一種の崇拝を受けているようにも見えた。

もちろん、僕にとっても憧れの存在だった。

誰にも惑わされず、凛としている完璧なその態度が。


ただどうしても、誰とも付き合いたくない、一人でいたい理由でもあるのだろうか。

かつての僕のように……。


「少し前の僕はさ、こんなふうに誰かが家でご飯作って待っていてくれたり、寝る前に他愛もない話をしたりとか、週末に一緒に出かけたりなんて、ただ自分の時間を消費するだけのなんの生産性も無いことだと思ってたんだ。だけど実際はこんなに良いものなんだと初めて知ったよ」


「……それはお前、相手が相手だからだろ。どうでもいい奴とだったら、たとえ1分でも1秒でもただ億劫に感じるだけだよ」


「確かに……うん。それはそうだね。相手が萌さんだからか。」


待ちくたびれてしまっただろうかと思い、あと少しで帰宅する旨を彼女にメールしたのだが、まだ既読がつかない。

今萌さんは何をしているんだろう?まだ料理中?お風呂?それともチコと遊んでいるんだろうか?


想像してはまたにやけてしまい、高鳴る鼓動を抑えながら帰宅した。


しかし……


「あれ?……え?」


家には誰もいなくて電気さえもついておらず、彼女が帰宅した形跡がまるでなかった。

どこかに買出し中とも思えない。

チコだけがいつも通りフリフリと尻尾を振りながら近づいてきた。


「チコ……萌さんは?……あぁごめん、お腹空いたよな」


急いでチコのご飯を用意しながら頭の中は彼女のことでいっぱいになる。

ガツガツとドッグフードを頬張っているチコを見ながら不信感しか湧かなかった。


メッセージも読んでいないし、どうなってる??


そもそも今日はどうして早く帰宅する予定だったんだ?どこで何をしていた?最後に一緒にいた人、話した人は誰だ?

まずはそこからだ。

村田にも、迎えは必要ないとの連絡があったらしいし。


まずは村田に、萌さんが帰宅していない旨を連絡し、そのままある人物に電話をかけた。


電話の呼出音でさえ奇妙に感じるほど、今の自分は嫌な予感しかしていない。


«もしもしお疲れ様っす先輩!どうされましたー?昇先輩から電話なんて珍しい!»


「もしもしヤマトくん。萌さんのことなんだけど、今日の様子はどうだった?」


«あぁ萌さんなら別にいつも通りでしたよ!なんか新しいプロットを王谷さんて上司とコンビ組んでやることになったとかで張り切ってて!帰りも2人で外出直帰らしかったっすよ。»


「なんだって?」


«その後のことはすみません、俺も仕事あってわかんないっすけど、だいたい14:00すぎくらいかなぁ…2人が会社出たのは。»


時計の針は今、20:00をさそうとしていた。

そして彼女からメッセージが来たのは16:30。

絶対的に、只事では無いという結論に至る。


「すまないがヤマトくん、萌さんと帰ったその人に、何時頃どこでどう別れたか聞いてもらえないかな?」


«えぇそれはもちろん。……て、もしかしてもう愛想尽かされて家出されちゃったとか?はははっ!さすがに早すぎっすよ先輩!»


「……そうじゃないと願ってるけど……帰ってないんだよ」


«あ、いや、冗談のつもりだったんすけどね。俺からも連絡してみますけど…»


「たとえば何か思い当たる節はないか?僕は普段の彼女については知らないから……」


«あー……そういえば、えっとー»


電話の向こうで、ヤマトくんが言いにくそうに口篭っているのがわかる。

彼は昔から空気の読めない遠慮のない性格をしており、そのピュアさを僕は買っていた。ある意味いつも使える後輩ではあるが、そんな性格のくせにたまに言い難いことを無自覚に隠す癖がある。


「なんだ?些細なことでもいいからなんでも教えてくれ!一大事なんだよ今!分かるだろ!?」


«いやぁ……これ言おうか迷ってたんすけどねー…ほらよくあるアレっすよ、アレ。だいたいどの夫婦もカップルもこのくらいの時期に多いやつ»


なんのことを言っているのか全くわからず次第にイラついてくる。

そんなに抽象的に言葉を濁すほど言い難い「アレ」って一体なんなのか、全く検討もつかない僕が異性に慣れていないせいかもしれない。



«ほら、いわゆる浮気とか不倫とかってやつっすよ»


「なっ……!!」


一気に目の前が真っ白になるほど、僕は激しく動揺した。

まさかの盲点だった。1ミリもその考えに及ばなかった。

だいぶショックを受けている自分に気がつく。


«実はなんか最近やたら萌さんと王谷さん仲良いんすよねー。あー、でもまぁ仕事一緒にやってく上での当然の距離感かもしんないし、俺の思い過ごしかもっすけど、今日も一緒に楽しそうにランチしてたし、よく2人にしかわかんない会話してるしー、もしかして今日あのまま2人してどっかにしけこんでるとか?笑»


「いっ、今すぐその人に連絡取ってくれ!早く!」


«りょっ、了解っす!»


彼がむしろ遠慮のない性格で本当に良かったと思った。

こういうふうにハッキリと言ってくれないと、僕はきっと自分の都合のいい方向になんでも考えてしまうから。

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