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第60話

意識が戻った時に見えてきた目の前の光景に驚愕した。


だってどう見てもここはどこかのホテルの一室で、私はベッドの上に眠っていたようだった。


「どっ…どうして私こんな所に?何が……」


ガチャと扉が開く音に肩が上がる。


「やぁ、お久しぶりです!萌さん」


入ってきた男の顔に目を見開いた。

どこかで見たことがある……私は絶対にこの人を知ってる……この人も私のことを知ってる。でも……誰だっけ……


「約3ヶ月ぶりですかね?あのときは加賀見の次男に邪魔されたからショックでしたよ」


思い出した!!

この人は……あの時お見合いで出会った……


「た、田代さん……?!」


田代秋人。あの時は製薬会社の息子とかって言っていたけど……

そういえばあの時助けてくれた昇さんが言うには、私この人にいわゆるお持ち帰りされそうになっていたとか……


「なっ、どういうつもりですか?!なんなんですかあなた!帰してください!」


「あぁそんなに警戒しなくて大丈夫ですよ。危害を加える気はなくて、ちょっとお尋ねしたいことがありまして。こうでもしないと会えないと思ったから」


朗らかな笑顔と落ち着いた声色が、どことなく王谷さんに似ていると感じた。けれど彼とは違い、優しい雰囲気の中に隠しきれていない冷酷さを感じるのはどうしてだろう……?



「わ、私に何の用ですか?あの時ももしかして同じ目的で……」


私は恐る恐る近くのカウチに移動して座った。

それと同時に田代さんもニコニコしながら向かいに腰を下ろした。


「必ず、正直に答えてくださいね」


「……なんですか?」


笑っているのに笑ってない。そう思った。

どこか、この人には逆らってはいけないような不思議な冷酷さ。

この人は一体何者なんだろうか……

そして一体……何を言い出すんだろうか……



「トレフルのレシピを教えてください」


「…………はい?」


私は一瞬目が点になった。

そして頭の中で必死に考えた。


と、とれ…ふる……TOREFURU?

とれふるトレフル……


なんとなく、オシャレなデザートを連想する。

しかし正直言えば、そんな名前の何かを聞いたことがないのでレシピなんて知るはずもない。

昇さんなら知っているだろうか……?

だいたいそんなことのためにわざわざ私を攫ってまで?

いや、そもそもなんで私に?


「…………。」

「…………。」


私が答えるのを待っているようで長いこと沈黙が流れていたが、しばらくして目の前にいる田代さんの表情が変わっていった。

不信感をもろに出している感じで目を瞬かせている。

私はいくら考えても分からないのでついに口を開いた。


「あのー……それってなんですか?」


「え」


「食べ物の名前ですよね?でも私知りません」


今度は田代さんの目が点になったが、それも長くなかった。すぐにため息をついて、前かがみに私を見つめた。


「正直に答えてくれるまで、あなたのこと帰せませんよ」


「いや本当に知らないですって!なんなんですかそれ?!だいたいなんで私に聞いてくるんですか?!」


「あなたの父親が作られたものだからですよ」


「え……」


「そしてそれは食べ物なんかじゃありません」


私は途端に、なぜか呼吸が苦しくなるのを感じた。

意味のわからない動悸がしてくるのがわかる。


「薬です」


真剣で冷酷な目線がまっすぐ突き刺さる。


「く、すり……」


トレフル……薬……

その単語だけが頭の中をグルグルと蠢く。

形容しがたい心地の悪さを感じた。



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