購入し終え、近くの公園のベンチとテーブルへ移動した。
並べて写真を撮ったあと、まだ時間も早いしせっかくだから1つ食べながら、仕事の話をしたりした。
「そっか、なるほど。函館の夜景を出したいんだね。確か100万ドルの夜景って言われてて有名だよね」
「はい。昔、子供の頃…家族で一度そこの夜景を見た思い出があって。凄かったって記憶はあるんですけど、実はちょっと忘れ気味なんですよね」
「僕も、函館は行ったことがないから想像できないなぁ。香港の100万ドルの夜景なら見たけど」
「えっ、凄い!香港に行ったんですね!」
「まぁ昔、仕事でちょっとね。あとはシンガポールのあの有名な夜景とか、ドバイの世界一の夜景って言われてるやつも見たよ。」
「そ、そんなに海外行かれてるなんて羨ましいです!私まだ一度も行ったことがなくて」
「彼氏に連れて行ってもらえばいいのに」
「あ、はい。実は今度、ニュージーランドのテカポ湖ってところに連れていってもらう約束をしてるんです。そこは世界一の星空って言われてて、昔から私の夢だったんですよ」
「おー!それはロマンチック!じゃあさ、函館は出張で僕と行けばいいよ」
「えっ?」
王谷さんはサラリとそう言って、もう3つ目のパンダパンを齧っている。
「あ、もちろん仕事でだよ?」
「っ、分かってますけど…いいんですか?」
「そりゃあだって直接見に行かなきゃ良い作品は書けないよ?想像だけで作る作品は、絶対に限度があるからね。それこそある意味時間の無駄なんだ。」
王谷さんは至って真剣な目で齧りかけのパンを見せてきた。
「こういう歯型とかクリームのテクスチャーとか、色や風味、この場所の空気感とのマッチングとか感性ってのは、実際に体験して始めて知ることができる。リアルを演出するためにはリアルを知らないと、作品に雲泥の差が生まれるよ」
王谷さんのプロ意識はさすがだと思って私は言葉を失った。
以前の職場では、一社員の独断の希望なんてとても通せる雰囲気じゃなかった。だから今日のこのパン屋の外出も内心驚いた。
この職場では、王谷さんでも誰でも平等に権力を持っている。
少しまだ時間が早いがそのまま直帰なので帰り際、王谷さんはまだ寄るところがあるからと言って途中で別れた。
「はー、またたくさん買っちゃったなぁ。でもどれも可愛いし、昇さん喜んでくれるかな」
動物パンを見た時の昇さんを勝手に想像して思わずニヤけてしまった。
多分彼は、ワンチャンを真っ先に取りそう…だとか。
スマホを取りだし、メッセージアプリを開く。
昇さんとは仕事の合間に他愛もないやり取りをする。
«今ランチです!たまにはまた昇さんのお弁当が食べたくなってきます(笑)»
«お疲れ様です!じゃあ明日作ります!僕もこれからようやく昼ご飯食べます。»
«昇さんの手作りはやっぱり美味しそうです。でも2人分も作るのはやっぱり大変なんじゃないですか?»
«一人分も二人分も変わらないですよ!ところで今日の晩御飯は何がいいですか?»
ここで王谷さんとの会話が弾んでしまい、やり取りが途切れていた。
今日はまたパンを買ったし……軽くスープとかサラダとかだけでも…
ていうか!たまには私が用意しなくちゃでしょ!せっかく今日は早いんだから!
私は急いでメッセージを打ち込んだ。
「今日はもう帰り道なので、これから買い物寄って私が作りますね……と…」
スマホを閉じて歩きながら考える。
うーん…シチューだと前回の昇さんと被るから、ポトフにしようかな?それからそうだなー、こないだネットで美味しそうなマカロニサラダのレシピ見つけたからそれに挑戦してみるのもありかも!
少し薄暗くなってきた空を見上げてから、歩を早めたその時……
トスッと何かを背中に感じた。
振り返ろうとした瞬間に一気に体の力が抜け、瞼が開けていられなくなり、私は気を失った。