「実は私も、自分から本気で誰かを好きになったことって無いです。いつも自分のことに精一杯で…他人を思いやる余裕が無いんだと思います」
「……へぇ、そう。じゃあ今の彼は、初めて自分から好きになった人ってことかぁ」
「っ……」
カッと顔が熱くなった。鼓動が速くなったのは、それも図星ということだろうか?
自覚がないだけで、私はそこまで昇さんに……?
「はぁーいいなぁ。僕も好きな人欲しー…」
「……王谷さんには絶対できると思います。だって王谷さんってそうやって人の繊細な気持ちまでわかる人だし、私とか周りのことをすぐに察知できる人だし。それって、自分以外の人のことも愛せる証拠ですから。」
そう言って顔を上げると、驚いたように目を丸くしている王谷さんと目が合い、途端に恥ずかしくなってしまった。
「……嬉しいな」
「え?」
「そんなふうに言ってくれた人なんて、初めてだよ。」
「あ…なんかすみません、上から目線みたいで…」
「ううん、ありがとう。僕も、誰かのことをちゃんと愛せるんだね」
ニコッと笑う少し寂しげな笑みは、私でも少しドキッとしてしまうくらいで。
女性がこの人に落ちるのが頷けるほど色気のあるものだと思った。
「……王谷さんのこと狙ってる人って、社内でも相当多いと思いますけど、王谷さん自身はどんな人がタイプなんですか?」
「うーん、本條さんみたいな子かなー」
「はは、面白いですね、その冗漫。でも女性たちに聞かれてたら私きっとこの職場に居れなくなっちゃうんでやめてください。まだ転職してきたばっかなんですから。」
「あー、そういえばそうだね。すっかり馴染んでいるから忘れてたよ。あっ!そうだ!今日は絶対にパン屋に寄らなくちゃだよ!本條さん!」
「あぁ、あの例のパン屋ですね?何か新作でも?」
「今日から動物パンフェアなんだよ!」
「え!動物パン?!」
そ、そ、それは行かなきゃじゃん!!
「よし本條さん、耳貸して」
コソコソっと提案されたその内容に、私は一瞬目が点になったが、すぐに笑いが込み上げてきてしまった。
笑い合う私たちの様子を、凪沙ちゃんとヤマトくんと航くんそれぞれが、こっそり写真を撮っていることには気が付かなかった。
そして午後3時頃、私たちは急いでパン屋さんへと向かった。
「ほんと、驚きましたよ、こんな提案をまさか王谷さんがしてくるなんてっ」
「早くしないとネコとペンギンあたりは絶対売り切れちゃうからね!」
実は王谷さんが提案してきたのは、このパン屋を次の脚本に組み込むことによって、下見という名目で外出プラスそのまま直帰という許可を取ったのだ。
そのためこんなに浮かれている私たちだが、これは仕事の一環、つまりまだ仕事中だ。
「経費で買えるし、全種類制覇しよーっ」
「ふふっ…なんだかめちゃくちゃ悪いことしてる気分だけど楽しいです」
「いやいやれっきとした仕事だよ。ちゃんとストーリーにこの店出すんだからさ、よろしくね!」
パン屋はやはりお客さんで賑わっていたが、並んではいなかったため安心した。
「わぁ、このワンチャンのパン、うちのチコに似てるなぁ…よし、これと……あ、このウサチャンパンも可愛いですよ、王谷さん……て……えぇ?!」
王谷さんのトレイを見ると、既にたくさんの動物が山盛りになっていた。
「凄いっ…ふふっ、さすが王谷さんですね」
「経費で買う以上は会社の皆の分も買っていってあげなきゃね〜。もちろん僕の分も一通り買うけど」
既に2つ目のトレイにパンを乗せながらそう言っている隣で、私もちゃっかり昇さんと私の分を選んでいる。