次の日の職場で、王谷さんに次回作のメインプロットをやってみないかと提案された。
「わっ、私がですか?!でもどうして……」
「そりゃあキミが実力あると思ったからだよ」
王子さながらのいつもの爽やかな笑みでそう言われ、またまた周りの女性たちの嫉妬を買わないかつい癖でキョロキョロとしてしまった。
「そう言ってくださるのは嬉しいですけど…」
「もしかして自信が無いの?」
そのセリフにハッとなる。
そして急いで思考を邪魔な振り払った。
「いいえ。やります、やらせてください。」
私の真剣な顔つきを見て、王谷さんは、
「じゃあ任せたよ!期待してる!もちろん僕もサポートはするから」
と言ってくれた。
私は途端にウキウキと胸が高鳴る。
同時に少しそわそわと焦燥感にも駆られる。
考え抜いた結果、やっぱり恋愛や愛憎渦巻く人間模様を表現した作品を書こうと決めた。
この業界に10年近く身を置いてきて最近ようやく気がついたのは、どうも私はラブストーリーを描くのが一番得意らしいということだ。
恋愛経験なんて普通よりかなり乏しいはずなのに不思議なのだが、むしろだからかもしれないと思った。
変な先入観なくいろいろと妄想ができてしまうのかもしれない。
「ラブストーリーといえば、彼氏とは順調?」
「えっ」
ランチ中に、王谷さんとプロットについての話し合いをしていたら、突然そんなことを聞いてきた。
「あ、はい…特に問題は無いです。」
「んー?なんかそんなふうには見えない返事だねー」
クスッと笑って食事をする王谷さんは、確かにどう見ても女性からモテそうだ。
「王谷さんって、自分の恋人に本音ってなんでも隠さず言えるタイプですか?」
こういう人が普段どんな感じが気になった。
これだけモテるタイプの人だったら、恋愛上級者だろうとも思ったから。
「いやまさか」
「えっ」
「その人のことが好きであればあるほど、大事であればあるほど、なかなか本音を言えなくなるのが人間ってもんだよ」
その言葉に、私の鼓動が波打った。
考えたこともなかった。
「そ、そうなんですか?」
「へえー。本條さんは今そういうことで悩んでるんだね。恋人に言いたいことがあるけど言えないんだ」
図星なので、私は少し恥ずかしくなって視線を落とした。
皿の上には小さく盛り付けた果物がある。
なんだか今日は、サッパリしたもの以外の食べ物が喉を通らない。隣でちゃんとした食事を摂っている王谷さんは、もしかしたらそんな私に気がついて疑問を投げかけてくれたのかもしれない。
「好きであればあるほど…大事であればあるほど…ですか……」
「そりゃあそうだよ。だってやっぱり誰もが、そういう人に対して自分の感情をさらけ出していくなんて臆病になるから。関係が少しでも変化するのが怖いんだよ」
「……。」
じゃあ私はやっぱり…王谷さんの言うように、それほどまでに昇さんのことが…?いつのまに…
「どうしたら…いいですかね……どうしても言わなきゃならないことがあるのに、なかなか勇気が出ないんです。否定的な返答はこないだろうと分かっているのに……」
「返答じゃなくて、本條さんに対する感情がどう変化するかが怖いんだろうね」
ハッとする私に、王谷さんは少し笑った。
「でも結局言うしかないんだよ。じゃないとそうやっていつまでも頭から離れない。恋人や夫婦同士って、言いたいことは包み隠さず全部言い合って、お互いに少しづつ受け入れられるように努力するんだ。じゃないと最終的には絶対上手くいかないもんだよ。」
「…凄い、王谷さん。恋愛のプロって感じです」
「いやいややめてよ、そんなことないんだ。単純にこれは人間関係の話だよ。深い関係を築くには、誰だって腹を割って話さなくちゃならないんだ」
「王谷さんは恋愛だけじゃなく、普通の人間関係もとても上手そうですもんね。」
「さぁ、どうだろう?少なくとも恋愛に関しては、僕はあまり自信ないかな。こんな偉そうなこと言っときながら、長続きしたことないからね。」
「そうなんですか?!」
「自分からちゃんと好きになれたことがないからかもしれないけどね」
意外……とは思わなかった。
モテすぎる人って、しばしばそういうことを聞くから。たまに周りからは、"チャラい"で片付けられている典型だ。