「ほら、起きてください、お嬢様ー」
屋敷に到着し、村田は面倒くさそうに後部座席の扉を開け、中で寝ている華子をゆすった。
「んぅー……いやだぁー…」
「はぁー。ヤダじゃなくて。あなたの家ですけど」
村田はどうしたものかと頭をかいた。
とりあえずは屋敷の人に迎えに来てもらうか、と電話をかけようとスマホを取り出した。
もう21時をまわりそうだが、加賀見家はビジネス上の緊急時にも対応できるように、24時間受付の電話担当がいる。
「ったく。あなたのお父上に言いつけますからね」
そう一言言ってスマホを開いた瞬間、バッと横から手が伸びてきて目を見開く。
視線を移せばそこには、目をトロンとさせ火照った顔をしている華子が、上目遣いでこちらを見ていた。
「っ……」
急いで目を逸らし、動揺したように髪をかきあげる村田に、華は言った。
「これ……夢……?どうして村田さんが……」
「……はぁ…。酔っ払ってるあなたを送り届けたんですよ」
「ん……頭痛い……私…お酒飲んだっけ……」
「勘弁してくださいよ。ほら、家の前です。まずは車から出てください。自分で立てま」
「ねぇ村田さん……」
「……。」
「どうして……ずっと私のこと無視してたの……」
目を合わせようとしない村田に、華子は静かに呟いた。
「私が向こうにいる間ずーっと……なんにも返信くれなかった……帰国したときも、会ってくれなかった……」
華子の呂律は明らかに回っていない。それなのになぜか、ハッキリと訴えかけるように、周りの静けさと相まってそれは響いた。
顔を逸らしたままの村田の腕を、車の中から伸びた華子の手が掴んでいる。
それにより一層力が篭ってきていた。
「ねぇどうして……私……ずっと待ってたのに……」
「……。」
数秒の沈黙が流れた。
そして村田は、掴まれているその手をそのまま握り返し、グッと引っ張った。
「さぁ、帰りますよ」
「やだ」
「っ?!……はい?」
「帰らない」
頑なに車から出てこようとしない華子を、村田がついに睨みおろす。
「いい加減にしてください。俺のクビを飛ばす気ですか?」
「質問に答えてくれてない」
「…………。」
初めて目が合った。
かなり久しぶりに。
どちらも目を逸らさずに、ただ互いの手を掴みあっている。
「……どうしてわからないんですか?」
「……え?」
「俺がなんであなたに連絡返さないのか」
目を見開いている華子に、村田はどこか寂しそうに目を細めた。
「……それ、どういう」
「とにかく早くそこから出てきてくださいっ」
グイッと両手で腕を引っ張られ、引き摺られるように車から出された。
仕方なく諦めたように、一歩また一歩とおぼつかない足取りで屋敷の門へと歩き出す華子を、村田は横目で見つめる。
「……やっぱりちっとも変わってない…」
華子がピタリと止まってそう言った。
「村田さんは……ずっと優しいまんまだね…」
そう呟いたかと思えば、フラリと崩れそうになる華子。
それを村田が急いで支えた。
「…ふふ……ほら、優しい……」
「……。優しかったら送迎なんてしませんし、そもそも、あなたをもっと完全にシカトしてます」
「ふふっ…なにそれ」
「……わかってないんですよ。あなたはなんにも…」
静かにそう言いきったあと、口を閉ざして華子を支えながら、屋敷の門まで送り届けた。
チャイムを鳴らし、門番が華子を迎えに来た。
村田に頭を下げた門番と共に歩き出そうとした間際、華子は振り返らずに言った。
「村田さん…ありがとう、送ってくれて。
……またね……」
屋敷へ入るドアまで、門番に支えながらよろよろと歩いていく。
ドアを開けられ、中へ入りながら、華子は少しだけ振り返った。
ドアが閉まる瞬間に一瞬だけ見えたのは、先程と変わらない位置に立ち続け、こちらを見つめている村田だった。
顔の表情までは、分からなかった。