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第44話

自己紹介を済ませる。

60代くらいに見えるこのご夫婦は、桔平さんと澄江さんというらしい。

笑顔と明るさが溢れる人の良さに加え、きちんと品のある佇まいがとても魅力的で、すぐに打ち解けてしまった。

どうやら2人だけで営んでいる茶屋らしく、桔平さんの1番上のお兄さんが京都の本店は引き継ぎ、桔平さんは東京のここで知る人ぞ知る茶屋を経営しはじめたらしい。


「私……和菓子なんて久しぶり……」


「そういえば僕も久しぶりです」


ここに座ってと言われた席は、庭園の近くの畳ではなく、なにやらカウンターの席だった。

色とりどりのたくさんの和菓子が、目の前のショーケースの中に並んできて、選ぶよう言われたのだが、どれも素敵で目移りしてしまう。


「じゃあ私は……これにしようかな…」


「いいですね。萌さんらしくて。じゃあ僕はこれで。」


私らしいってどういうことだろうと思いつつも、私が選んだ素敵な色合いの和菓子を見つめる。桃色と黄緑と紫色の飾り切りがついている、繊細なもの。

昇さんの選んだものは、一見、桃のような果物に見える可愛らしいものだったので意外だと思ってしまった。


「じゃあまず萌ちゃんのから作るよ!見てて!」


桔平さんはそう言って腕をまくると、ショーケースの中から、粘土のように置かれている色とりどりの和菓子の具材を手に取った。


なるほど。こうして目の前で実演をしてくれるのか。

私は目を輝かせた。

初めて見るプロの和菓子作りの工程に目を輝かせる。

桔平さんの手が、目を見張るほど器用に細かい作業をやっていく。

みるみるうちに美しい和菓子ができあがってしまった。

昇さんの和菓子が作られていく光景も、目を離さず夢中になって見つめてしまった。


澄江さんが御抹茶を本格的にたてる様子も、とても可憐で風情があり、仄かな日本らしい落ち着く香りが鼻をくすぐる。


楽しい……!!


知らない世界を知れることの喜びを久しぶりに味わった気がした。


「……美味しい…!」


日本庭園を見ながら本格的な和菓子と抹茶を頂くなんて、人生初だ。

それになんだろう……とんでもなく心が落ち着く……。

日本人に生まれてよかったと思える瞬間。


「昇さん、連れてきてくださってありがとうございます。とても良い場所ですね」


「萌さんに気に入ってもらえて僕も嬉しいです。僕は人生で上手くいかないことがあった時とか悩んでいる時にここへ来て、和菓子の実演を見るのが好きで。」


「そうなんですか?」


「一つ一つ洗練されていく和菓子の工程を見ていると、勇気が湧いてくるんですよね。あぁ、人生もこうだなって……。

初めは何の変哲もないただの丸い材料でも、それをちゃんと考えながら順番に丁寧に作業していけば、必ず最後にはきちんと形ある美しいものになる」


そんなふうに考えながらここに来ているなんて……

なんて感慨深い人だろうと思った。


帰りには、ご夫婦に、また来るようにと何度も念を押され、茶菓子のお土産まで頂いてしまった。


心にあったモヤモヤした蟠りみたいなものが、この場所によって一気に浄化された気がした。

そしてまたひとつ、私は昇さんの知らなかった一面を知った。


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