思っていたよりかなりすんなりと、拍子抜けするくらいになんの問題も無く加賀見には婚姻が認められてしまった。
続けてそのまま、自分の母親の元へ。
母は現役の看護師なため、職場に近いマンションで一人暮らしをしている。
互いに忙しく、母も職場では主任のため夜勤も多い。
だからなかなか時間があわなくて、会うのは半年以上ぶりだ。
チャイムを押して出てきた母は、やはりいつもと変わらず歳を感じさせない若々しさがあった。
元気そうな姿に内心胸を撫で下ろす。
体調がどうこうとかもう長くないからとかは、結局昔からのいつもの口癖ってだけなのだ。
「あら……ず、随分とまぁ男前な……」
ドアを開けた母は、昇さんを見上げてこれでもかというほど目を見開いた。
笑ってしまうほどの反応に私は吹き出した。
「こんにちは。はじめまして」
「こ、こここんにちは……って…俳優さんとかモデルさんとかですか?」
大真面目にそんなことまで聞いている。
部屋の中は前回来た時よりもなんだかスッキリと片付いているように思えた。
忙しすぎるのか、わりといつも散らかっているから来る度に片付けてあげているのだが……
まぁ娘の婚約者が来るってんで慌てて大掃除でもしたんだろう。
「まさかこんなにカッコイイかたを連れてくるとは思わなかったわ!」
「い、いえそんな……お母様もとっても若々しくてお綺麗で驚きましたよ」
「そっ!そんなぁ!ほんとぉ?!?!キャー!ねぇ聞いた萌っ!ピチピチで可愛いって!」
「そうは言ってないと思うけど……」
母は赤い顔をしてとにかく大興奮している。昇さんは褒めちぎられすぎて明らかに困っていた。
「お、お母さん、一旦落ち着いてくれる?
とにかくまずは紹介するね。
こちら、加賀見昇さん。ご実家が大きな事業をやられている家系で、昇さん自身も実業家なの。」
「え……?!?!」
母の興奮は、驚愕の表情に変わった。
まぁそりゃあそうだろう。若いのに実業家で実家は太くて財閥家系だなんて。
時が止まったように固まっている母に、私は苦笑いする。
「……お母さん?大丈夫?」
「……かっ、加賀見財閥って……あの?!」
ちょっとやそっとのことでは動じない母なのだが、珍しく唇が震えている。
母でも加賀見を知っていたようだ。
「……萌。」
母はしばらく茫然とした表情で逡巡していたかと思えば、真剣に言った。
「この婚姻届、私はサインできない」
「は?」
空耳かと思った。
あんなに喜んでいたくせに、加賀見と知ったら突然そんなことを言い出すなんて。
「認められないわ。あなたたちの結婚は。」
「なっ、何言ってんの?!なんでよ?!理由はっ?!」
「そんな御曹司の方とはあまりにもレベルが合わないでしょう?!あなただっていろいろと苦労するだけよ!」
「そっそれはそうかもしれないけどっ」
「お義母さん、萌さんには少しの苦労もさせないつもりです。安心してください。」
昇さんも落ち着いた声色でそう言ってくれたのだが、母は眉を寄せて異様な雰囲気のままだ。
「……悪いけど、安心なんてできないわ。萌には普通の平凡な生活を送ってほしいだけなの。あなたと結婚するなんて、この子には荷が重すぎる…」
「そんなことっ」
「萌、あなたどうせ何も分かってなくて、なんの覚悟もないでしょう?」
ハッと目を見開き言葉に詰まると、母のこれまでにないほど厳しい視線が突き刺さる。
そんな目は、かなり久しぶりに見た。
「結婚ってのはね、あなたたちが思ってるほど甘くないのよ」
結局この日は諦めて、私たちは一度帰ることにした。