ガチャ……
扉を開く音にビクッと肩が上がり、反射的に振り向いた。
その厳格な雰囲気を認めた瞬間、自然と自分の体が立ち上がったことに驚いた。
そういう、何者も適わないような、この人を前にしたら誰もがその威厳に平伏し全て従ってしまうような……
そんな少し強制感のあるオーラを醸し出している男性……それが加賀見遥彦。
昇さんの父親だった。
凄い……!
こんな雰囲気の人見たことない……!
「父さん、こちらが本條萌さん。
萌さん、こちら僕の父です」
「はっ、はじめましてっ!本條です。お会いできて光栄です。」
「……はじめまして。そんなに畏まらずに座ってください。」
深く頭を下げた私に語りかける予想外にも優しい言葉と柔らかい声色に目を丸くする。
「あ……ありがとうございますっ。失礼します」
少しだけ緊張感が和らぎ、ソファーに腰を戻してから顔を上げると、ジィっと見つめられていることに気づき、目を逸らしてしまった。
そのタイミングで、「会長、失礼いたします」と家政婦さんがアイスコーヒーを置いた。
「ありがとう」
加賀見財閥の会長……トップの威厳って、ただ厳格で寄り付き難いだけだと勝手に思い込んでいたけれど、信頼と尊敬を集める礼儀や優しさを弁えているものなのだと知った。
ちなみに昇さんのお母さんは、昇さんが小学生に上がったばかりの頃に病で亡くなってしまったらしい。
一体どんな女性だったのだろうと少し想像してしまった。
「本條さんは、脚本家をしているそうだね。私はその業界に関してそこまで詳しい方ではなくてね。うちにもそういった関連会社があるんだがそれは私の弟の管轄なんだ。」
「わ、そうなんですか。メディア会社もなさってらっしゃるのですね」
昇さんの叔父さんの管轄会社に私と同種が?
知らなかった。さすが加賀見グループだ。
「だから本條さんがよければだが、そこに転職するのはどうですかな?」
「えっっ?」
会って早々そんな話にっ?!
「昇から聞いたよ。仕事は好きだから続けたいが、今は成果を認められるような職場ではないのだと。」
やっぱり昇さんが……と視線をチラリと移すと、昇さんは優しく笑いかけてきた。
て……いやいやいや、笑ってる場合じゃ……
「あの……大変有難いお気遣いだとは思うのですが、なんていうか……私みたいな無名の者がいきなり入社してしまったら不自然じゃないかと思いますし……期待に応えられるかは自信が無いというか……」
「そんなに深く考える必要はないですし、こちらの繋がりのことは黙っていてもいいですよ。とにかく萌さんが今の職場にいるのは絶対に勿体ない。」
「昇さん……」
「本條さんあのね、才能を潰す場所で生きることほど意味のない生き方はないんだよ。人間、自分を最大限表現出来る場所で生きるべきなんだ。」
2人に真剣な顔でそう言われ、私はなんだか少し情けなくなってきてしまった。
だってきっと私はただ、環境を変える勇気と覚悟が持てないだけの弱い女だと思うから。
それに私のことで、こんなに親身に……真剣に考えてくれているなんて。
結局私は加賀見親子の後押しで、転職することになった。
なんだか本当に、自分の周りが目まぐるしく変化していく。怖いくらいに。
もちろん変化には不安は付き物だし、どちらかというと昔からそればかりだ。
でも今回は同時に少しワクワクもしていた。
この転職が、のちに大きく人生を変化させることになるとは知らずに……。