卵と生姜のお粥をスプーンに乗せ、少しフーと冷ましつつ、昇さんの口の中へ入れる。
「美味しいっ!萌さん、料理上手なんですね」
「あ、いや……簡単なものだけですけど……」
そうだ、そういえば私、料理が苦手って最初に言ったんだった。
「……うん!煮物もとっても美味しいです!」
「よかった……これは昔から母が作ってくれるレシピなんです。」
「へぇ……そういうのがあるって、羨ましいです」
昇さんには、そういった味がないのだろうかと疑問を感じた。
もしかしたら料理人が作るのが当たり前の家だったのかも……。
それはそれで庶民から見れば羨ましいんだけどな……。
「そういえば昇さんは、嫌いな食べ物とかってあるんですか?」
「うーん……強いて言えば……シイタケですかね」
「シイタケ?キノコが無理ってことですか?」
「いいえ、なぜかシイタケだけがどうしても……。エノキとかしめじとかは大好きなんですよ」
「なるほど……。確かに昇さんの料理でシイタケ出てきたことはありませんね。本当はこの煮物に入れるか迷ったんですけど入れなくて良かったです。代わりに今回はコンニャクを入れました」
「あぁ、でも……萌さんの手料理ならなんでも食べますよ」
「え?苦手なものも?」
「もちろん。今日は萌さんの家庭の味が食べられてとても嬉しいです。体調崩すのも悪くないですね」
まだ少し体調の悪そうな顔色で優しく微笑む昇さんに、顔が熱くなる。
私にまで熱が移ったのだろうか。
昇さんはお粥も煮物も全て完食してくれた。
そして、自分が常備しているらしい薬を飲ませたあと、ゆっくり寝てもらおうと出ていこうとすると呼び止められた。
「聞きました。黒宮莉奈さんに会ったそうですね」
ドクッと鼓動が跳ね、なんと言おうか言葉を選んでいると、「すみません……」と吐息混じりに謝られた。
「あ…の……フィアンセだったと聞きましたけど……」
「それは数年前までの話で、もうとっくにお断りの対処はしたはずだったのですが……やはり一筋縄ではいかなかったというか……とにかく嫌な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、嫌な思いをしたのは私ではなく、莉奈さんの方ではないですか?」
ハッとしたように言葉に詰まる昇さんから視線を逸らす。
「すみません…事情をよく知りもしないのに……。だけど、とても傷ついていたみたいなので……」
しばしの沈黙のあと、昇さんは眉を寄せながら「いえ……」と静かに声を出した。
「こちらこそ、すみません……。人の感情というものは、難しいですね」
難しいというか……それはいつだって予想も想像もつかないものだ。なぜなら常に変化するから。
だから本当は、考えすぎるのは良くない。考えても分からないから。
「とにかく萌さん。父も萌さんに会いたがっていました。来週一緒に会いに行ってくれますか?」
「そっ、それはもちろん!でも本当に私なんかで大丈夫ですかね…ガッカリされるんじゃ」
「それはないです」
キッパリとした物言いを不自然に感じた。
なぜ間髪入れずにそう言い切れるのだろうか。
そんなに真っ直ぐな目で。
「っ、どうして?家柄の良い許嫁を蹴ってまで結婚する相手がこんな一般人って…レベルが違いすぎて」
「レベルってなんですか?そんなもの存在しません。」
「……。自信が無いんです……ただ……。」
無意識に出た言葉に、自分でハッとした。
そっか私は……元々自信なんてないけれど、今日の出来事で更に自信をなくしたんだ。
そして1番は……
「罪悪感かもしれないです……」
「罪悪感?」
黒宮莉奈の、哀しみと悔しさに満ちた表情を思い出す。
私はあそこまで……加賀見昇に執着できない。
そもそもを言えば……私はこの人を愛していない。
愛していないのに、本当に愛している人を差し置いて彼を奪ってしまった。
ただの互いの合理性のみで交わしたことのために。
そんなことが、愛に勝って良いのだろうか……?
「萌さん…?」
「……いえ、なんでもないです。」
考えないようにしよう。
こんなこと考えたって無駄だ。
人間なんて所詮皆、合理的に生きているはずなんだから。