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第35話

今日は別のドライバーを使おうと思っていたのだが、終わったら連絡するようにとのメッセージが村田庵から届いていたため、迎えに来てくれたのはいつも通り彼だった。


たまたま自分のドライバーが車を出してきたタイミングが重なったようで、兄がタバコを吸いながら外に出ていた。


「お疲れさまです翼様」


僕にするよりも先に、兄に挨拶をし頭を下げる庵。

これは面倒臭い上下関係的なアレコレに置ける礼儀だ。


「なぁ、村田。」


車に乗り込む寸前に兄は振り返った。


「はい」と、頭を下げたまま庵が返事をする。


「お前は一生結婚する気ないのか?」


「っ………。」


「好きな特定の女でもいるのか?俺が紹介する女はことごとく全員切るだろ?」


「……そういうわけでは…」


「まぁ、いい。1度しかない人生、選り好みするのは良いことだ。だからいつでも言えよ?いくらでも紹介はするから。」


「なっ、なぜ私にそこまで…」


兄はそれには答えずにスっと車に乗りこんだ。

ドライバーが車を閉め、こちらに一礼してから運転席に乗り込む。

何千回と繰り返してきたであろう流れるような動作を、僕達は車が見えなくなるまで見つめていた。


「庵、まだ兄さんの紹介なんて受けてたのか?」


「いつもあぁいう感じなんだから仕方ないだろう。それに、あの人に対して俺が断れるような立場じゃない。」


「……どうして兄さんはそんなに庵に結婚してほしいんだろう…」


「俺も知りたいよ。しょっちゅういろいろなタイプの女性を紹介してくるんだ。一応会ってはいるけどただ疲れるだけで参っちゃうよ」


なぜ兄はそこまで……?

不思議すぎる。庵が結婚することが、兄にとってなんの利点になるんだ?

加賀見の人間は全員、自分の利得になること以外に時間も金も気力も決して費やさない。



「今日ドッグラン施設で、黒宮のお嬢様に会ったぞ。」


「えっ?」


車を運転しながら、庵は冷淡な声色で静かに言った。


「そもそも知らなかったのか?あそこが黒宮系列だったって。」


「な、なんだって?!あそこは叔父の……っあ…そうか……おそらくここ数年で黒宮に任せるようになったのか…」


つい先程していた話を思い出した。

犬を飼ってない自分はドッグランなんて行かないし、そもそも担っている施設や会社なんて数百とあるため、現在どういう形態でどこの所属かなんて全く気にも止めていなかった。


「まぁそんなことはどうだっていいんだが、問題は、その黒宮のお嬢様と萌さんがお友達になっちゃったってことだ。」


「はっ?!」


「ちょっと目を離した隙にいつの間にか仲良く遊んでて……まぁ目ぇ離した俺も悪いんだけど。真くんもいたよ。」


「ただ遊んでただけ?何か問題は起きたか?」


「……萌さんの指輪を見た莉奈さんが、俺の会話で相手が昇って知って混乱してた。まぁ俺がいた時点でバレただろうが…」


言葉を失ってしまった。

まさか今日の今日でそこまでのことがあるとは。



" あの手の娘は厄介よ。めんどくさいいざこざが起きる前に動いておくことね。"


希美さんの言葉が脳裏に蘇る。

鼓動が嫌な音を立てていた。


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