「昇。……なんだ希美もここにいたのか。2人してこんな隅で何をコソコソと喋ってる」
ギクッと肩が上がる。
この広い会場で、なるべく顔を合わせないようにしていたというのに。
「あ、翼くん。今ね、清隆おじ様の髪が明らかに増えたなぁって話をしていたのよ、不思議よね。」
「はぁ?」
「気が付かなかった?」
「こっちはわざわざそんなところ見ていないからな。興味もないし。」
兄の、加賀見翼。
僕たちの叔父である清隆叔父さんの姿を探すように視線を何度か動かしたが、広くて人の多いここではやはり見つけられないようで直ぐに諦め視線を僕に戻したのがわかった。
平然とした態度で目を合わせないようにシャンパンを一口飲む。
萌さんと飲んだあの時のシャンパンのほうが、断然美味しいな。まるで別物みたいだ。
僕もここでは別物みたいに振る舞わなくては…。
「昇、これが終了したあとの会議、お前も来い。いいな」
「っ……わかった。」
嫌だなぁという顔が隠しきれなかったかもしれない。
「希美はどうする?先に帰っていてもいいが……」
ここで疑問に思った。
帰る以外の選択肢があるのか?と。
「もちろんいつもの所で待ってるわよ」
どこか嬉しそうにそう言う希美さんに、つい、「いつもの所?」と呟いてしまった。
「えぇ。私たちがよく行く行きつけのバーがあるのよ。隠れ家的な所なんだけどね、すごく楽しいのよ」
「そうなんですか……」
この2人でよく飲みに行ったりしているのか。
なんだかんだ言ってこの2人は仲良くやっているようだ。なぜ子供を作らないのかは分からないが……。
「今度昇くんも奥さんと行ってみたら?」
「あ……はい。そうですね」
「昇、そのことなんだがお前、先程黒宮COから連絡があったそうだぞ。」
「はい?!」
「ほら、言わんこっちゃない」
希美さんがヤレヤレと言った感じでシャンパンに口をつけた。
「相変わらず勝手が過ぎるが昇。お前の結婚云々はどうだっていい。だがウチに少しでも影響が出るようなことをやらかすな」
「僕は随分前にちゃんと対処したはずっ」
「できていないからこういったことが起きるんだろう。お前は事業関連のことにはぬかりないのに、女のことには詰めが甘いんだ。」
グゥの音も出ないが、そういった発言を自分の奥さんの前でするのはどうなんだ?
兄には少し道徳感の欠けているところがある。が、それは希美さんには逆に良いらしく、彼女はクスクス笑っているだけだ。
兄は確かにモテるし、それなりに女遊びをしてきたことは僕も知っている。
尊敬という言葉は少しおかしいかもしれないが、兄はどんなに遊んでも1度も恋愛沙汰のイザコザが起きたことがないから、そこのところは本当に細部まで気を使い、いろいろと熟知した上で遊んできたのだろう。
もしかしたら今も……。
つまり、何人女がいようと全員を平等に満足させているからトラブルが起きないし引き際も綺麗なのだろう。
そんなに器用なこと、僕にできるわけが無いし、そもそもできることが正解なのかも分からないから学ぼうとも思わないのが本音だ。
でもそれじゃあダメなのかもしれないな。